大阪市の北区をグルグル巡るブログ | 大阪市の北区メインでいろいろ仕事をしてます。仕事場も住んでるところも大阪市北区なので、北区をグルグル巡って、目にしたもん耳にしたもん感じたもんを、つらつらと書いています。

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ここまでヒドい症例は滅多にお目にかかれません
と、言われてしまいましたわ。。。。。

えーっと、原稿用紙からPCに変わったとはいえ、机に向かって黙々と作業する生活を続けて20余年。
慢性の凝り症。
五十肩を30歳で迎えたエリート経歴を持つ早熟の僕。
左肩が痺れ、電気が走るようになって早5年。
ひどいときだと、首まわりの筋肉が固まりすぎて、前後左右上下どの方向にも1mmも動かせなくという事態に見舞われます。。。
で、最近、
左肩の肩甲骨に、異様な痛みが走るようになったんですね。もう、左腕が引きちぎれそうというか、いっそのこと引きちぎってくれ!ってかんじで。

病院、遠いし、キラいなんです。大っキラいなんです!!

なので、これが肩凝り、もしくはPC仕事から来る眼精疲労が原因なのなら、病院になど行きません。生活環境を改善せねば根治できないことは容易に想像できるんで、対処療法しかしない病院に、気休めに行っても仕方がないではありませんか。。。

でも今回、痛みが普通ではなくて、もしかしたら神経が障っているかも?と思い、ヘルニアを心配して、病院に行くことにしたのですよ。

いい病院があるよ!と、紹介してもらったことでもあるし。 ただし、北区ではない。都島区…。ま、余裕でチャリで行ける範囲内ですが(笑)

行ってみれば、なんのことはない、阪神タイガースの選手を多数クライアントに抱える接骨院。
じんない接骨院・鍼灸院ってとこなんですけどね。

医者がたくさんいて、元気がよくて、陰湿なところがまったくなくて、体育会系の明るさが満ちている病院ですわ。接骨院とか鍼灸院とか、じじくさいイメージがあるから、そんなところやったらいややなあ、と思っていたんだけど、それはセーフ☆

平日の午前中、割合と混雑していましたが、それでもすぐに診てくれました。それも、院長が。
筋金入りの虎キチやというのが伝わったのか?(笑)

んで、ひとしきり症状を説明して、原因と思われる生活環境を説明して、診察してもらいました。
腕をいろんな方向に動かしたり、触診したり、いろいろしてましたが、診察結果は…、

切って開いたわけではないから100%ってことではないけれども、神経が障ってるってことはまずない。万が一そうだったら、腕が指先まで痺れているはずなので、今は肩甲骨だけだから、緊急を要する性質のものでもない、と。
で、
結論としては、極度の凝り。。。。

なんじゃらほい!(笑)

しかし、この院長、言いたい放題でしてね。

すべて凝りから来てるもんですけど、ここまでヒドい症例は滅多にお目にかかったことないですわ〜、と。

患者をまえにして、そんなことを言うんじゃないよ!(笑)

さらに、阪神タイガースの試合の話になり、前夜のひどい雷雨の話になり、仕事してたらすごい雷雨でビックリした、と僕が言ったら、院長、ボクは寝ていたので全然気がつきませんでしたわ〜、わっはっはっは〜、って…。。。

オレは、思いやりのない言葉を吐く人はキラいだけれども、こういう種類の本音丸出しの無神経なモノ言いをする人は、好きです(笑)

結局、電気を20分あててもらって、肩甲骨を中心にマッサージを20分してもらって、〆て850円
初診料が500円で、診察及び治療が350円。
次回からは、350円。

なんか、気休め程度には肩が軽くなったような気がせんでもないんですが、それももって1時間。
家に帰るころには、痛い肩に戻ってましたわ〜(笑) あかんやん!

でも、この凝りは強烈ですから、しばらくはできるだけ毎日通院してもらいたい、と。
350円なので、時間がつくれるかぎりは来てやるよ!と、上から言ってやりました(笑)
おもろい院長だし、宗教がおたがい阪神タイガースなので、しばらく付き合ってやることにしました。

これで深夜に開業してくれるとか往診してくれるとか、そーゆーサービスがあれば言うことなしなんですがね。。。。。


あ、写真撮るの忘れてた。



じんない接骨院・鍼灸院
大阪市都島区都島本通3-23-7 エコール山田1F
tel. 06-6927-5598
HP http://jinnai-c.com/

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日本橋の高島屋東別館を見学! 歴史秘話満載&アールデコの装飾が美しすぎる近代建築の傑作に酔う☆
土曜日、オープン・アーキテクチャーのイベントで、日本橋の高島屋東別館を見学してきました。
北区じゃなくて、浪速区は日本橋だけれども、たまにはそういうのもいいじゃないですかっ! だって、見学できる建築物のリストに、北区のがないんだもん。

サイト、あります。

http://open-a.org/

ごちゃごちゃとコンセプトやら理念やらが盛り込まれてますが、難しいことは抜きにして、要するに、普段は見ることのできない、公開されていない建物の内部を見せてもらいましょう!ってことです。その意義は、参加者自身で考えればいいんではないかと。

その一環で、高島屋東別館を見学してきたのでした。

案内してくださったのは、オープン・アーキテクチャー実行委員会の人で、なんか先生らしき肩書きのついた、上からモノを言ううざいオバハンと、ポイントを整理してわかりやすくユーモアも交えて物腰柔らかな口調が好感度大の高島屋資料館館長の中井さん。

高島屋というと一般的には御堂筋のドン突きにある難波のあの建物ですが、じつは、日本橋にも立派な別館があります。でもここは、1階しか営業してなくて、2階以上はすべて、高島屋のオフィスやら倉庫やら物流拠点やらで占められています。つまり、一般には入れない場所。

そもそも、ここは、1923年(大正12年)に、松坂屋が名古屋から大阪に初進出したときに建てられたもので、松坂屋が天満橋に移転したあと、施工者の竹中工務店を通じて、高島屋が買い取ったものです。
それ以降、高島屋はこの場所を店舗としては使用せず(店舗は1階だけね)、オフィスとして使用してきたために、建物の傷みが少なく、また改装もしていないので、保存状態がいいとのことです。おかげで、こうして僕らも、当時の様子を想像しながら見ることができるわけです。

設計者は、鈴木禎次。辰野金吾の弟子なので、日本における西洋建築第2世代の建築家ですな。

大阪のメインストリートというと、今でこそ御堂筋だけれども、当時は、堺筋こそが大阪の目抜き通りで、それこそ百貨店が軒を連ねていました。
北浜の三越、備後町の白木屋、長堀橋の高島屋(あったんですよ、当時は)…、そこに、名古屋から進出してきた松坂屋が割って入るわけです。今の梅田みたいな、百貨店林立状態が、ここで繰り広げられていたわけですね。

で、そういうところに割って入るわけなので、松坂屋の気合いは並ではなく、外観から受ける印象は、ド迫力満点の偉容で、細部を見ると、アールデコ満載の精緻を凝らした装飾が満載です。
なんせ、43,600屐13,200坪)ですからね。

高島屋東別館

ただ、この建物は、徐々に完成したというか、最初はちっこいのをつくって、南隣のビルを買い取って繋いで、北側の空いていた土地にも増築して…、というかんじでつくられた、わりに珍しい建物なのだそうです。

配られた資料にいろいろと書いてあるのだけれども、これ、見えますかね?

高島屋東別館


で、正面から眺めていると増築のあとなど微塵も感じさせないシームレスっぷりなんですが、裏へまわると、ここで継ぎ足したんだな、というのがクッキリとあります。
デコボコがあるところが、継いだところですね。

高島屋東別館



では、まずは1階のアーケード部分。商店街の簡易アーケードと違って、屋根の部分が完全に建物の一部になっている、ヨーロッパ調のアーケードです。

高島屋東別館

このアーケード部分にすでに如実に表れているんですが、壁のウインドウのすぐ上、柱、床には、いたるところのアールデコ調の装飾が施されています。この装飾が、この建物の最大のキモで、もうね、内部もいたるところに施されていますから。

ちなみに、装飾のモチーフになっているのは、アカンサス。和名だと、葉アザミですな。ヨーロッパ各国で、高貴やら格調高さやらの象徴になっているモチーフです。それが、ふんだんに使われている…。

内部に入って、これは天井。シンプルにモノトーンにしてあるけれども、細かな装飾は健在です。これも、モチーフはアカンサス。

高島屋東別館


そして、最初の真打ち、エレベータ☆
扉上部の時計みたいなのは、階数表示盤です。これ、現役で今も動いていて、ちょっと感動的でしたわ。回数表示盤のすぐ下にあるランプは、エレベータの「上り」「下り」を示すランプ。
そして、エレベータの両サイドの黒い枠というか柱なのだけれども、これ、素材は黒大理石です。どんだけカネがかかってるんだか!
あちこちに施された装飾も、ため息もんです。
高島屋さん、こんなのを自社社員だけで独占しちゃダメですよ!(笑)

高島屋東別館

お次は、階段の装飾。
階段の横のところに、巨大なランプが据えられています。このランプの枠にも、よく見ると精緻な装飾が☆

高島屋東別館

そして壁には、階数表示のプレートが。この極太明朝、美しすぎます。これだけでももらって帰りたいなっ!

高島屋東別館

屋上。屋上に上がると、段差が2ヶ所あって、そこで増築されたことが一目瞭然でわかります。
そしてここは、じつは、屋上プールだったんだとか! 高層建築物につくられた屋上プールとしては、おそらく大阪初らしいです。
子供用につくられているので水深は1mくらいなのだけれども、百貨店戦争を勝ち抜かんとする松坂屋の並々ならぬ気合いを感じます。

高島屋東別館

ここは、防犯上の理由から、このオフィスで働く高島屋の社員さんでも利用することが禁じられている階段です。螺旋式階段なのだけれども、中心部には、あとから設置したパイプ類が張り巡らされていて、新旧入り乱れた、ちょっとしたシュールな空間となっていました。
悪くない風景だと思いますヨ。

高島屋東別館


さてさて、こんだけでもてんこ盛りなのですが、じつは、撮影禁止の場所にこそ、目玉があったのでした。
さまざまな理由から、撮影を禁じられたのですが、なんと、この建物のなかには、岡本太郎の作品である巨大なタイル壁画があったのでした。例の抽象的かつ削ぎ落とされたぶっとい線でダイナミックに描かれた、躍動感あふれる太郎の作品が、タイル画となって壁に飾られているのです。左右5mくらいはあろうかという巨大な作品です。タイトルは「ダンス」。
防犯上の理由から、存在そのものをおおっぴらにしていないのと、公開するにしても運搬費用がバカ高すぎて捻出できない、という理由があります。
なんせ、巨大なタイル壁画なので、重量も相当なもんです。
養生のために壁もろとも封鎖していたのを、最近、封鎖を解いたとのことで、その全貌を見ることができました。まちがいなく、第一級の作品です☆
岡本太郎は、芸術品は誰でもが見ることのできる場所にあるべきだ!と持論にしてきた人なので、この作品も、いつの日か、日の目を見てほしいもんです。

そしてもうひとつ、この建物は、当時としては珍しく地下2階まであるのですが、そこには、とんでもない計画が隠されていた、という歴史秘話がありました。

この建物は、堺筋に面しているので、当然、地下のすぐ横を、地下鉄堺筋線が走っています。そして、日本橋駅からは約500m離れている。
そこで、地下鉄の新駅設置を要請して、松坂屋と駅を直結させる計画があったんだそうです。その証拠に、地下2階のフロアは地下鉄のトンネルのすぐそばまできていて、そこに立っていると、地下鉄が走るゴーッという音がまともに聞こえます。そして、ホームと店舗を区分けするかのように、アーチ型の間仕切りがつくられているのですよ!

しかし、計画は頓挫しました。
大阪市がね、地下鉄に関しては、民間の手を絶対に入れさせなかったのですね。南海電車がそのせいでキタまで乗り入れできずに泣く泣く難波を始発駅にしたのは有名な話ですが、松坂屋の申請した新駅も、ついに認められなかったんだとか。申請が認められていれば、今頃は「日本橋三丁目」というような駅が存在した、ということです。いや〜、さすがに歴史を感じましたですよ。
ここもいろいろあって撮影が認められなかったので写真がなく、それが返す返すも残念なのだけれども、建築好き、大阪の街好きの人なら、チャンスがあれば絶対に見ておいたほうがいいと思います。

というわけで、オープン・アーキテクチャーのイベントの一環による高島屋東別館の見学は、とっても充実した時間なのでした。
資料代、1,000円かかりますけど、これは値打ちありますわ。まだ数回行われるようなので、興味のある方は、ぜひ☆

で、写真を撮りまくってるんで、Flickrにでっかい写真をアップしてあります。スライドショーでどうぞ☆
もしくは、下のサムネイルをクリックすると、でっかい写真が単体で見れます。

高島屋東別館スライドショー




高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館 高島屋東別館







高島屋東別館
大阪市浪速区日本橋3-5-25

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HP
オープン・アーキテクチャー






絶叫系はお好き?
USJ


前回に行って以来になるのだけれども、またまた「大阪遊ぶろぐ」さんのご好意によりまして、USJ再訪と相成りました。こんなことでもなければ、あんまり縁がないもんで(笑)

今回の指令は、新アトラクションの「スペース・ファンタジー・ザ・ライド」に乗れ、と。

このミッションの褒美として、朝からUSJで遊ばせてくれました。

小雨が振ったり振らんかったりで、でもそのせいもあってかわりに空いていて、ほとんど並ぶことなくアトラクションに乗れるという僥倖までついてきたです。
駅前のコンビニで合羽売ってるし、どーせ濡れるし(笑)問題なしですわ。

おかげさんで、「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド」は先頭に座って、かつ、雨が顔にあたりまくりで痛い!という希有な体験つきができましたです〜。

「ジュラシック・パーク・ザ・ライド」も先頭に座ることになって、こんときは雨降ってなかったけれども、ほら、最後に高いところから水面めがけて突っ込むじゃないですか。あんとき、予想以上にずぶ濡れ☆ 合羽、役に立たず(笑) …いい年して先頭だ!って喜ぶもんじゃないですな(笑)

ほか、「スパイダーマン・ザ・ライド」で3D堪能したり、「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」でガタガタ揺られたり、「スヌーピーのグレート・レース」でホノボノしたり…と、乗りまくり☆ 
ほとんど並んでないんで、乗りもの酔いするんじゃないか?ってくらいの勢いで乗ってました(笑)
なんか、メシもまともに食べずに、乗りまくってな。ジェットコースター、2回乗ってるしな。。。
すんません…、貧乏性なんです(笑)

ほいで夕方、お待ちかねのメイン・イベント「スペース・ファンタジー・ザ・ライド」
手荷物全部預けて、ポケットのなかのもんもすべて出してくれ、と、なかなかモノモノしい雰囲気のご案内です。

僕は先頭好きのアホウですが、この乗りもんは4人乗り2連結で1両に2人ずつ背中合わせに座るんで、先頭かどうかは、ほとんど関係ないです。つか、他人と向かい合わせになるんで、少々気恥ずかしい(笑)

が、しかーし、すぐにそんなことどーでもよくなります!
なんちゅーか、全長585m約4分半、上がるわ下がるわ左右に振られるわ、まったく予想できん方向へスピンするし、バランス崩しまくるし、なにがなんだか状態です、ずーっと(笑)
ある意味、最強絶叫系☆

一応、満天の星んなかを猛スピードでグルングルンしてるんですが、んなもん、ほとんど見えてない(笑) 気がついたら、なんやしりませんが、最後、花火がうち上がってました(笑)

こら、ポケットのなかのもんも全部出してくれ!と言われんのもあたりまえですわ〜(笑)


あ、おサイフケータイ持ってると、いいことあるらしいです。
僕、持ってないんで関係なかったけれども(笑)


とまあ、絶叫しまくりの一日で(笑)
雨? 上手い具合に、帰るころに本降り。
ほいで、天満に戻ってきたら止んでるという。。。


「大阪遊ぶろぐ」さん、ありがとうございました。





USJ 「スペース・ファンタジー・ザ・ライド」
大阪市此花区桜島2-1-33
HP http://www.usj.co.jp/
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天満立ち飲みツアー note.番外編「煮たり焼いたり」- ミナミだけど思い入れのあるお店なので(笑) でも贔屓目なしで絶品です☆
むかし、もう10年近くまえ、南船場で毎日のように通っていた店があって、そこは僕の食糧庫のようなのでした。

昼ランチ、夜居酒屋といった風情のカジュアルなカフェ(という言葉はまだチラホラと出はじめのころで、当然、その後に時代を席巻するおされカフェとはまるで違う…)で、僕はそこでお昼を食べ、閉店になってから従業員のみんながグダグダとやっているところを訪れて、夜食の賄いをわけてもらったりしていたのでした。今でいうところの洋風ダイニングなのだけれども、夜、僕は、カツ丼やら焼きそばやらをよくつくってもらってました。500円くらいで(笑)

あのころは、その店の近くの事務所に連日泊まり込んで仕事してたんで、このお店が、僕の食を支えてくれていたのでした。

安くてね。
お昼なんて、メインの皿があって、選べる小鉢2種があって、ご飯は食べ放題で、アフターのドリンクは基本アイテム以外にフレッシュジュース各種、グラスワインまで揃っていて、700円くらいだったような…。

広末涼子とアンパンマンを足して2で割ったようなオーナーのマミさんは顔にも年にも似合わずハードロック好きで、たしか結婚式んときに花嫁姿でディープパープルを演奏して…、と、書いていいのか知らんけれどもオモロい話が満載で、僕は毎晩、この店でひとときの休息をとっていたのでした。

そのお店が閉店になったのはある意味しかたがなくて、とにかく安かったからな。
メチャクチャお客さんが入って、死ぬほど働いて、それでも売り上げがこれっぽっちしかないんだから、めげる…、と、厨房をあずかっていた人がポツリと漏らしていたのを聞いたことがあるけれども、どーもね、粗利の確保が上手くいってなかったみたいなのですね。マミさん、商売下手だったもんなあ(笑)

そんなわけでそのお店はなくなり、僕も仕事の拠点をミナミからキタに移し、それから月日は10年近く流れたのでした。

その間、その店の厨房をあずかっていた人は法善寺に店を出し、そこはちょくちょく行ったんだけれども、僕がキタを拠点にするようになってからは足も遠のき、こちらもまた何年もご無沙汰。

マミさんにいたっては、○○へパートに出た!○○でバイトしてる!など、時折、真偽の定かでない情報が入ってくるきりで、どこでなにをしているのやら…、という状態だったのでした。とてもとても好きなお店だっただけに、再開してくれるといいのになあ、と、折に触れて思うのでした。

そんなとき…、そんなときもなにも、あれから10年近くの月日が流れてるんですが、とある日、普段の行きつけの喫茶店ではないべつの喫茶店に浮気して、普段はまず読まない朝日新聞なんぞに目を通してると、見覚えのある顔が映った写真と、見覚えのある店名のお店が紹介された記事が目に飛び込んできたのでした。

な、な、なんと、ミナミでお店を再スタートさせたとあるではないですか!

そう。お店の名前は、「煮たり焼いたり」

行ってみると、かつての場所とは違っていて、日本橋と難波のあいだ、味園があったりする、あのあたりです。長屋があって、腐ったようなスナックがあって、昭和のある時期で完全に時間がストップしているような…、あの一画のさらにわけのわからん路地を入ったところ(笑)

煮たり焼いたり


店の面構えは雰囲気があっていいんですけど、ロケーション悪すぎです。なんちゅーところに店出すねん!(笑) と、ゲラゲラと笑い転げながら店のドアを開けたのでした。
お久しぶりの再開の抱擁(は、してないけど)のあと、新聞記事よんでもHP見てもシステムがよくわからんかったので、おまかせでお願いしていた料理を出されるままに食べたのでした。

むかしのお店は、洋食ダイニングというか洋風居酒屋だったけれども、今度のお店は、しっかりと食べさせるシチューとグリルのお店です。
ほいで、今度は人を雇わずに、ひとりでやる!と。

ひとりでやるから、料理が出てくるの、異常に遅いです(笑)
しかも3組が限度なので、予約しないとムリです(笑)

店に行けばなんとなくメニューはあるけれども、HPには載ってないし、結局のところ、全部おまかせにしちゃうか、もしくは食べたいものを言って、そっからいろいろと組み合わせをおまかせしちゃうしかありません。

特注でつくってもらった、曲線だらけのカウンターも、どこに保管していたんだか知らないけれども、健在☆

煮たり焼いたり

 
マミさんの毒舌とおっちょこちょこいも健在で、皿は引っくり返すわ、客に文句は言うわ、相変わらずのやりたい放題だったけれども、今度のお店は料理に力を入れまくってるので、料理のレベルは数段上がってますなっ! どれも美味いし、まず外れんし、なによりも丁寧に丁寧につくっていることがとてもよくわかる、気持ちのいいお皿を出してくれます。


いや〜、どれもこれも美味かったんで、写真を撮り忘れかけたり撮り忘れたり…、そんなだから、はっきり言って、食べたもんの詳細を覚えてないぞ、と(笑)



前菜。オリーブオイルのソースを絡めたホタルイカとスモークした豚と焼き野菜、かな?

煮たり焼いたり


岩塩とハーブだけでつくったスープに焼き野菜とハマグリがゴロリ。これ、絶品です☆うなりました。

煮たり焼いたり


佐賀牛のタタキ。付け合わせは焼きリンゴ。
野菜は野菜らしく、肉は肉らしく、スモークは香ばしく。付け合わせまで、すごく気を配ってつくっているのが、どの皿からも、よ〜く伝わってきます。

煮たり焼いたり


トマトベースのシチュー。これは、「煮たり焼いたり」の前の店からの看板メニューなんだけれども、より複雑になって、以前よりも何段も進化してます☆

煮たり焼いたり


そしてこのあと、パスタかリゾットかと言われて、パスタを注文。
どんなパスタがいいかと聞かれて、クリーム系でエロいやつ!と注文出したら、イカのクリームパスタが出てきたんだけれども、案の定、撮影するの忘れてました(笑)
これもなんともいえん滋味深い味で、ほんまに愛情を感じるパスタなのでした。


で、値段の安さは健在で、これにパンがついて、ウーロン茶にビールにグラスワインまで、なんだかんだで6〜7杯飲んで、2人前6,300円也☆

居酒屋に毛の生えた値段ですやん。。。。。
こんな値段でやって、またつぶしたらアカンで、マミさん。。。。。。


大変、美味しゅうございました。
ミナミなんでなかなか行かないけれども、またきっと行くからね☆





煮たり焼いたり
大阪市中央区難波千日前2-11
tel. 06-6632-3959
18:00-24:00
日休み
HP http://nitari.bona.jp/nitari/
mail nitari@nitari.bona.jp
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【過去の天満立ち飲みツアー】
■天満立ち飲みツアー note.001「天満酒蔵」
■天満立ち飲みツアー note.002「天平」
■天満立ち飲みツアー note.003「墨国回転鶏Que Rico」
■天満立ち飲みツアー note.004「但馬屋」
■天満立ち飲みツアー note.005「奄美・島料理 てぃだ」
■天満立ち飲みツアー note.006「上海食苑」
■天満立ち飲みツアー note.007「マリンポリス天満駅前店」



 
   

第8回北天満サイエンスカフェは、初の遠征!適塾を見学してきました☆
またまた北天満サイエンスカフェ! 昨年秋からはじまったサイエンスカフェも、今回で8回目です。

適塾


土曜日の2/13に行ってきました。今回は、天五中崎通り商店街を飛び出て、北浜にある適塾を見学する「大坂歴史ツアー 緒方洪庵と適塾」です。「大阪」じゃくて「大坂」ってところに歴史の香りを感じさせますね。

サイエンスじゃないやん!と怒ることなかれ。サイエンスカフェは、自然科学だけに収まらず、さまざまな分野にひろがっていきます。でも、緒方洪庵といえば幕末の西洋医学の大家、適塾は大阪大学医学部のルーツですから、サイエンスといえばサイエンスの範疇に入るテーマでもありますな。

なんにせよ、歴史的な側面がテーマに入ってきてくれたことで、やーっと、文系頭の僕にもとっつきやすいものになってくれました(笑)

ちなみに、これまでのサイエンスカフェのエントリーは、こちら。

「天五中崎通り商店街で北天満サイエンスカフェ開催☆ 路上の紙芝居風講義がおもろすぎます!」

「寺子屋風にサイエンスを学ぶ『北天満サイエンスカフェ』。天五中崎通り商店街で新型インフルエンザについて学んだのでした。」

「第4回北天満サイエンスカフェは、『遺伝子組み換え作物は安全か?』で、またまた生活に密着したサイエンスでした。」

「第5回北天満サイエンスカフェは、子供向けだけど子供騙しじゃなかった『こども面白サイエンスカフェ』☆」

「今年一発目の北天満サイエンスカフェは『地球の未来を考えよう! 〜気候変動と私たちのくらし〜』です☆」

「第7回北天満サイエンスカフェは『まちづくり』について語り合ったのでした」



というわけで、今回の会場は北浜の適塾なんだけれども、集合場所はおなじみ、天五中崎通り商店街の黒崎公園前。そっから地下鉄に乗って全員で行きます。
僕、なんかしらんですが、道中、「北天満サイエンスカフェ」のノボリを持たされてました。農協さんご一行さまのフランス旅行みたい(笑)お年寄りの方もたくさん参加されているので、ゆっくり目に歩きます。車にも注意。なんのこっちゃい!(笑)

適塾


海を越え丘を越え…、もとい、天六駅から地下鉄に乗って3駅先の北浜駅下車、そっから徒歩5分、適塾到着です。
残念ながら、北区からちょっとだけ外れちゃうんだけれども、北天満サイエンスカフェそのものは北区にある天五中崎通り商店街で行なわれているものなので、今回もエントリー☆

適塾


今回、適塾をご案内してくださるのは、大阪大学大学院文学研究科の村田路人先生です。適塾は現在、大阪大学が維持管理しているので、うってつけの先生ですな。

適塾


さて、適塾ですが、もともとは今の瓦町、本町のちょい北側あたりですが、そこにあったらしいです。でもそこが手狭になって、過書町、これは今の北浜ですが、そこにあった商家の家を買い取って、移転した、と。それが今も現存しています。周囲のほとんどは第2次大戦の大阪大空襲で焼けちゃったんだけれども、この、適塾だけは奇跡的に戦火を免れ、おかげで今、江戸時代の商家の面影を残す数少ない建築物として、建物そのものにも価値が見いだされていて、重文指定されてます。

適塾という名前は、緒方洪庵の号である「適々斎」が由来となってます。

適塾

適塾


ちなみに、適塾のすぐ隣にあるのは、大阪市立の愛珠幼稚園。1901年に竣工した木造平屋建建築の園舎は、100年以上使用されている現役の園舎で、現存する幼稚園園舎としては日本最古。第2次大戦時に取り壊しが計画されていたものの空襲のために取り壊し作業の時機を逸し、かつ空襲も免れ、そのまま現在も使われている園舎ですわ。

適塾


えーっと、こちらの幼稚園は個人的にものすごく興味があるんですが、今回の目的は適塾なのでした。

緒方洪庵が自宅に私塾の蘭学塾・適塾を開いたのが1838年(天保9年)。
そこで蘭学と西洋医学を教えるわけですが、塾生が増えるにつれ、それまでの場所が手狭となり、今の中央区北浜、当時、過書町と呼ばれた場所の商家を買い取って移転したのが、1845年(弘化2年)。以後、閉鎖される1868年(明治元年)まで、適塾はこの地で営まれ、総勢3000人がこの塾で学び、幕末から明治にかけて活躍する人材を多数輩出します。その筆頭格は、ご存知、福沢諭吉。

で、この適塾ですが、商家から買い取っただけあって、モロに町屋風の建物で、奥行きがすんごく深くて、途中、中庭もあります。間口が11.9mなのに対して、奥行きは38.9mもありますからね。敷地面積約140坪、木造2階建てで、かーなり広いです。
なので結構な商家から結構な額で買い取った物件らしいのですが、それでないと、当時の塾生たちを収容できなかったくらいに、賑わったということですな。通いの塾生もいたけれども、青森と沖縄を除く全国から入塾してきたというし、半数以上は医者の息子だといいますから、蘭学というか西洋医学は、需要が高まっていたんでしょうな。

適塾の模型が展示されてました。奥行きがめっちゃあることが、わかります。

適塾


塾が運営されていた25年間のあいだに、この塾で学んだ入門生は約3000人。入門生の名前を記した姓名録も、ちゃーんと残ってました。塾頭、塾監を筆頭に、第1号〜第9号まで数人ずつのグループ分けというかランク分けが行なわれており、3ヶ月毎に入れ替えが行なわれるという、競争意識を煽るようなシステムが採用されていたんだそうです。そうやって、切磋琢磨したんでしょうな。

村田先生所蔵の貴重な資料も見せていただいたのですが、それには、第1号、第2号のランクは該当者なしとなっていて、グループ分けは上から順に相対的に分けていたのではなく、ある基準をクリアせねばならないといったような絶対的なランク分けが行なわれていたことがわかりました。

相撲部屋じゃないけれども、ここに寄宿する塾生の生活スペースは成績によって厳格に区別されており、部屋が分けられているだけでなく、下っ端の大部屋でも、成績のいい人から順に居心地のいいスペースを確保していたようですわ。もっとも、生活スペースは、ひとりあたり畳1畳ですが。。。

これ、大部屋です。

適塾



いろいろと興味深いものがたくさん展示されていて、
薬を調合する乳鉢や薬匙なんかもありました。

適塾



おもしろいのは、町医者をランキングした番付表ですわ。当時、なんでもかんでもランキングするのが流行ったそうなのですが、医者の番付とは! 今、ネットでもその手のものがありますが、江戸時代末期、すでにあったんですなあ。緒方洪庵も、最高位の大関にランキングされてました。ちなみにこれ、医者が行司役になって決めるんですと。

適塾



見応えがあったのは、ヅーフ部屋と呼ばれる2階の屋根裏部屋です。
適塾の授業の中心は蘭書の会読だったのですが、この予習のために塾生が使用した辞書が、長崎の出島のオランダ商館長のヅーフが蘭仏辞書を元に作成した蘭和辞書で、これをヅーフ辞書と呼びます。
で、このヅーフ辞書は適塾に1冊しかなく、この辞書が置いてあった部屋が、ヅーフ部屋。部屋からの持ち出しは厳禁で、塾生たちは、昼も夜もこの部屋にやってきては、ヅーフ辞書を奪い合うようにして勉強していたといいます。
現在は、その辞書を写書したものが展示されてました。きっと、たくさんの塾生が、この辞書を書き写したんだと思います。モノを覚えたり理解したり身体に染み込ませたりする方法として、僕も本を丸々一冊書き写すことはあるけれども、辞書を書き写すとは! さすが、適塾の学生ですな。

適塾



適塾の学生は、福沢諭吉によると、それはそれは激しく勉強したそうです。このうえないほど、勉強したんだとか。
外圧が激しい幕末の時代にあって、この国はどうなっていくんだろうという不安や危機意識があって、そこへ、国外からの進歩的な知識が津波のように押し寄せてきます。
知識欲は、ひとつのことを知るあいだに三つも四つも知りたい欲求が増すような塩梅で、こと、モノを知り理解するということについては、僕らの今の時代よりも、忙しかったのではなかろうか、と、思います。
僕らが、インターネットいう世界規模のアーカイブへの入口を手に入れたときに感じたワクワク感と、蘭学を通して世界の森羅万象を覗きみた彼らのワクワク感って、きっと、似ていると思うんですよ。
情報の洪水が押し寄せるなか、情報を腑分けする必要性は今もヤマと説かれるけれども、この時代の適塾で学んだ塾生たちこそ、そういう世界に身を置いていたのだと思いますわ。

ということが、なんとなく感じられる場所でした。
ただね、ここは現在も防火の観点からエアコンが設置されていなくてですな、室内の気温は往時のままなのですよ。で、この時期、むちゃくちゃ寒い! よくもまあ、こんなところで勉強しましたな!という寒さで。やっぱ、むかしの人はエラいわ。

というわけで、展示物も建物も興味深かったんですが、今回、村田先生が持ってこられた秘蔵の資料を拝見させていただくことができまして、ま、ここでその写真をアップすることはできんのですが、たとえば種痘を許可する資格証みたいなものが発行されていたそうです。今でいうところの、医師免許みたいなもん。
というのも、ニセ医者が種痘を行なってひと儲けする危惧もあったらしいのですよ。そうした不正を防止するために、種痘してよろしい!と書かれた許可証のようなものが発行されていて、その現物を見せていただきました。

適塾



その他、日記というか、患者の病状を記したカルテのようなものや、地方の医者が治療法を尋ねる手紙を出し、それに詳しく答えて返答した手紙など…。
途中、緒方洪庵は将軍家の人たちの専属医である奥医師にもなるのですが、そんときの勤務ぶりを細かく記した日記のようなものもありました。

使用するツールは違えども、むかしから似たようなシステムが確立されていたのだな、と、わかった次第。

そうした資料は、もちろん緒方洪庵直筆のものなのですが、筆遣いをみていると、優しい字を書くんですね、洪庵は。彼は、一方で和歌をたしなんでいたそうなのですが、そうしたものの影響が筆遣いから見てとれるのかな、と、皆で口々に言いあっていました。



というわけで、個人的にはなかなか実のある、今回の北天満サイエンスカフェなのでした。

あ、適塾には中庭がありまして、その中庭に面した縁側に寝っ転がりながら、日長一日、庭を眺めていたら気持ちいいだろうな、と、京都のお寺さん巡りでそればっかりしている僕には、大阪のオアシスを見つけたような気分にもなって、収穫多し☆


次回、第9回北天満サイエンスカフェは、2月27日(土)14:00〜16:00。
天五中崎通り商店街の「HeArt美容室」さんの2階で開催されます。
お題は、「こどもは食べたように育つ」。大阪千代田短大の山崎万里先生がお話してくれます。玄米ゴハンと忍者ふりかけの試食アリ。忍者ふりかけってなに?(笑)






北天満サイエンスカフェ
天五中崎通り商店街
大阪市北区黒崎町
HP http://kitatenma-cafe.com


適塾
大阪市中央区北浜3-3-8
開館 / 10:00〜16:00
月祝、年末年始休み
入館 / 250円(一般)
http://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/about/tekijuku


大阪市の北区をグルグル巡るブログのためのmap



        

USJのマジカル・スターライト・パレード
USJのアトラクションやらナイトパレードやら、いろいろと楽しんでブログを書いてくれ!と、USJからのお達しが出たので、行ってきやした。北区限定ブログなのに…(笑) ま、今回だけ、北区を飛び出します。。。

なんか、開業8周年の記念イベントで、夜、マジカル・スターライト・パレードというのをやってるらしいですな。

夜8時くらいからナイトパレードをやってるんで、冷夏だなんだと言ったところで昼間はクソ暑いので、夕方に行って、パレードだけ楽しむ、というのは、アリかも知れませんな。



キャンドルライトに燈花会に花火…、闇に光を与えるイベントは好きだし、USJのは知ってるキャラが満載でパレードしてくれるんで、他とはまた違った楽しみがありましたですよ。


セサミストリートのエルモを先頭に、スヌーピー、キティにはじまって、不思議の国のアリス、アラビアンナイト、シンデレラと、フロートは何個出たのかな? 30台以上のフロートが出てたかと思います。 フロートの周りを、それぞれのテーマにちなんだ衣装をまとったダンサーが取り囲み、約1時間のパレード。


LSDライト100万個? すげーな。


以下、flickrにアップしてあるので、お好きなサムネイルをクリックしてくださいませ。でっかい画像が見れます。











USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)




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