大阪市の北区をグルグル巡るブログ | 大阪市の北区メインでいろいろ仕事をしてます。仕事場も住んでるところも大阪市北区なので、北区をグルグル巡って、目にしたもん耳にしたもん感じたもんを、つらつらと書いています。

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京都の高野第三住宅と紅葉
京都は洛北、大原通を北に歩いていきますと、高野第三住宅という大きな公団住宅の団地があります。
明治40年にカネボウが紡績工場をこの地に建てたのですが、昭和56年に住宅公団が買い上げて住宅地としたのが、高野第三住宅。

当時の煉瓦建築がそのままでたくさん残っている、珍しい公団住宅ですわ。

ボイラー室を改良して集会所や管理事務所にしたり、煉瓦塀なんかが残されてます。
京都まで仕事に行った折り、ちょいと見物してきました。

まだ紅葉が残っていて、煉瓦とよくマッチしていますね。

高野第三住宅

高野第三住宅

高野第三住宅

高野第三住宅

昭和56年に住宅スペースが建てられ、そこは普通なのですが、当時の面影をそのまま残している集会所や管理事務所、煉瓦塀などに目を遣ると、いろいろなことが想像出来て楽しいです。

外塀と内塀があるのですが、外塀は、中と外をわけるだけでなく、逃亡防止用だったそうです。だから、ビックリするくらい、背が高い。

1920 年代、ここで働いていた職工さんは3400人いたと言います。寄宿舎の清和寮には2500人の女工さんさんたちが高い塀に囲まれて暮らし、なかには映画館 まであったそうです。この塀のなかだけで、職住のすべてが完結してしまう、独立した地域のようだったんでしょうね。現在では、隣接する場所にイズミヤがあ るのですが、もとは鐘紡のグラウンドでした。
会社全体で職工さんの生活の面倒を見ていた、ということです。
ただ、そういえば聞こえはいいですが、逃亡防止を兼ねた高い塀だったということは、やはり、それだけキツい労働を強いていたということでもあるのでしょう。女工哀史なんかも、残っているかも知れません。

外塀をくぐると、ほどなくして内塀が現れます。塀の上部がのこぎり型のフォルムをしていて、この塀が工場の塀だったことが、すぐにわかります。

高野第三住宅

高野第三住宅


裏へまわってみると、塀の一角にお地蔵さんが祀られていました。煉瓦に囲まれたお地蔵さんも、なんだかいいもんですね。

高野第三住宅


部外者なので、そうそうなかには入っていられないんですが、住宅に引っ付いているかたちで、不思議なものを見つけました。どのように再利用されているんでしょうかね?

高野第三住宅

高野第三住宅


この、高野第三住宅は、「京都の近代建築を考える会」によって、明治期から戦前までの建物を表彰する「市民が選ぶ文化財」に選ばれています。
京都は、明治維新で皇族が江戸に移ってから、政府に見捨てられた場所です。
なので、これからはお上に頼るのではなく、自前でなんでもやっていこう!という気運が高まり、全国に先駆けて小学校を建設し、大学を設立し、企業を誘致して、盛り返していったんですね。
京都といえば、伝統や日本美といったものが真っ先に思い浮かぶけれども、今もむかしも、都というところは、新しいものを取り入れるのが大好きな、進取の気風を持った場所です。
だから、明治期にもたくさんの建築物が建てられ、それらだけをピックアップして巡っている人もいますな。

歴史ある建物も、放っておけば、知らず知らずのうちに容赦なく壊されていくもんですが、そのままのかたちで残すことが難しいのだとしても、せめて、こうやって一部を生かすだけでも、いっぺんに素敵なものになりますね。
なんといっても、むかしの建造物は、効率だけを考えてつくられたものではないから、様式美があります。
この煉瓦も、なんだか今の煉瓦よりも暖かみを感じるのは、どうしたことなんでしょうかね?

ここ、賃貸で、空き物件がいくつか出ていて、興味本位で調べてみたことがあるんですが、2DKでね、ちょっと狭いんですよね〜。もちょっと広かったら、住むことを考えるんだけど。。。




高野第三住宅



芝田商店街にもスノーマンが出現しました
芝田商店街 スノーマン

芝田商店街 スノーマン


梅田のあちこちに、スノーマンが出現してますね。
一応、この目で確認したのは、北ヤードの建設現場の外壁とNuちゃやまちの入口。

今後、JR大阪駅周辺やら阪急百貨店やらでどでかい仕掛けが待ってるみたいです。
詳しくは、「UMEDA CONNECT」のサイトに詳しいので、そちらをどうぞ。

http://umeda-connect.jp/special/index.html

梅田のあちらこちらで行なわれている再開発工事がボチボチ完成を見るということで、梅田の回遊性を高めようとする動きが、梅田を拠点とする企業間であるようで、今回のスノーマンも、その動きの一環ですね。

今年は実験ということで、既存のイベントにスノーマンを引っつけたり、ということも多いみたいです。
ただ、そのぶん、参加するところも敷居が低いし、ましてやスノーマンというのは著作権的な明確な規定がないので、アレンジも自由、雪だるまならなんでもオッケーの世界です。

ということで、今回は、芝田商店街でも、急遽、参加することになりました。時間がまったくなかったんで、準備もままならず、あくまで実験的な参加ではありますが。

梅田のDD HOUSEの向かいの阪急のガード下にある商店街です。

12月26日までは飾り付けてるんで、お近くに来られた際は、ぜひ☆



芝田商店街
大阪市北区芝田1-5
HP http://shibata-shotenkai.com/index.html
mapを見る





金閣へ行く
金閣寺


よくある話、というもののひとつではあるのですが…、
「ここに金閣寺がなければ、どんなに素晴らしいものか」
「どうして?」
「オレが金閣寺を造る」
というものがあります。

大北山の麓。金があれば誰でもなにか大きなものを造ってみたくなる場所ですな。

むかし、ここは地方豪族の中資王の領地でした。これに目をつけたのが西園寺家の創立者、西園寺公経。公経は承久の乱のときに北条氏の味方となり、その功績を買われて太政大臣になった男ですから、政治の力量も相当にあったのでしょう。
政治力もあったけれども、生来の建築好きでもあり、ここに目が向いたらカーッとのぼせ、尾張にある荘園と交換してしまったのでした。
室町時代のことですわ。
スケールはだいぶ下がるけれども、先祖伝来の田舎の土地を売って都会の外れに建て売り住宅を買うサラリーマンのようなものですな。

念願叶って手に入れたこの土地に、公経は結構を極めた寺院兼別荘を造り、西園寺と命名しました。貴族としての自分の家名も、大宮から西園寺に変えてしまったのだから相当なものですが、もっとも、家名は家号(屋号)だと考えれば、どうということはないです。

西園寺の寺境はなかなかに広大なものでして、その北には公経の別荘が建てられ、北山殿と呼ばれるようになりました。
贅を尽くした貴族の邸宅としては藤原道真の法成寺殿が有名だったのですが、公経は、この法成寺殿に張り合うつもりだったのだといわれています。

法成寺が素晴らしいと世間はいうが、北山殿には山の景色というアドバンテージがある。都を離れた眺望のよさに叶うものはない。

と、『増鏡』にあります。まあ『増鏡』は、西園寺家のパンフレットという側面を持っていますから、そういうことが書いてあってもいいのですが、どこまでが本当なのかは、眉唾ですな。教科書に載っているテキストだからといって、簡単に信用しないように(笑)

法王や天皇がやってきて、滞在することもありました。
南朝勢に追われてしばらく近江に逃げていた天皇は、この北山殿に仮住まいしていたとか。

その後、西園寺の隆盛に衰えが見えはじめ、しばし、荒廃します。

3代将軍足利義満がここへ新しい北山殿を再建したのは、応永4年(1397年)。
で、その北山殿の舎利殿として造られたのが、金閣です。
将軍義満のすべては、この金閣寺に代表されるといっても過言ではないですな。

足利幕府を開いた尊氏は隆盛を見る間もなく没したけれども、義満は、いわば、生まれついての将軍であり、富と権勢をほしいままにするという、なんとも羨ましい境遇でね。

ただ、これほどのモノをつくる人物なのだから、野心に底がなく、常人には理解しがたい、破天荒そのものでもありましたな。
明国に対して、天皇を飛び越えて日本国王を名乗ったので、明の皇帝に臣従する礼をとったのはけしからん、ということになっています。しかし、義満にいわせれ ば、オレは将軍を超えた存在であり、将軍の権威は天皇によって授けられるが、将軍以上の存在であるオレが天皇を無視するのは当然だ、という論理なのですよ。
明の皇帝に臣従したのも、こうしなければ自分の権威を裏打ちするものが得られないからです。
要するに、天皇よりもでっかい存在をバックにつけて、日本国内では一番エラい存在を目指した、と。

明国貿易の利益を一手に収め、国内では守護大名の上に君臨する専制君主となったのが、義満です。
その明国では、黄金がなによりも尊重され、工芸品の価値は、黄金をどれだけ使っているかで決定される風潮でありましたから、義満が君臨する日本国も、黄金の世界に巻き込まれたわけです。
日本はエル・ドラドということになっていましたから、金閣は、金閣以外ではあり得なかったのですね。

義満以前にも金をふんだんに使った建築物はあります。
中尊寺もまた、古くから黄金郷と呼ばれたところですな。
義満がすごかったのは、金を直接召し上げるのではなく、金を流通させるシステムを構築し、流通経路のすべてから税を徴収したことです。これで、何倍もの富を築くことが出来るようになりました。

総工費は百万貫を超えていたといいますから、現在の価値に直して、どれくらいのものですかね? 昭和62年には総額7億5千万円をかけて漆の塗り、金箔の貼りが行われています。だからそのあたりの金額になるかと思ったら、ところがどっこい、これが大間違い。往時の金閣は、今の何倍もの領地を誇っていましたから。

造営工事を分担させられた大名たちは泣く泣く協力し、その名残は鏡湖池に点在する巨大な細川石・畠山石の名に伝わっています。もっとも、大内義弘はただひとり、工事分担を拒否。
武士なのだから弓矢(戦)で仕えるのみ、と、なかなか威勢のいい啖呵を切ったのですが、この反抗が災いの元となりまして、まもなく滅亡させられてしまいます。
しっかし、自分のいうことを聞かないからといって、一族もろとも滅ぼしてしまうようなトップって、商売人からすれば、あり得ませんけれどもね。このへんも、義満の破天荒っぷりが見てとれますが。

応永8年(1401年)、義満は北山殿に日本国の政庁を置くことを宣言。
すでに7年もまえ、義満は将軍職を息子の家持に譲っていて、将軍の政庁は室町にありましたから、室町と北山の2元政治になってしまいはせぬかとも危惧しないわけではないのですが、室町との競合など、起こるはずもありませんでした。それほど、義満の権勢は凄みがあったのですね。

でもですな、義満が亡くなると、広壮華麗な北山殿を維持する力は、幕府にはありませんでした。
財政もさることながら、義満のような桁外れのスケールを持った政治家など、何代もおなじ家から続いて出るわけがないのですから。

金閣寺は正しくは北山鹿苑寺といいますが、その鹿苑寺というのは、義満の菩提を弔うために金閣を中心にして建てられた寺院全体を指します。勘違いしている人も多いですけれども、金閣が先で、鹿苑寺が後なのですね。

北山殿の金閣以外の建物は解体されて、南禅寺や建仁寺などの禅宗寺院に移築されました。
したがって、義満に直接のかかわりのあるのは金閣だけになってしまったのだけれども、それでも庶民からすれば、キンキラキンの建物は人気がありますから、江戸時代には早くも料金を納める者には拝観を許すようになっていました。
京都と大阪に旅した江戸時代後期の物語作家、滝沢馬琴が、
「1人から10人までは、銀2匁を寺僧に渡せば庭の門を開けて、入れてくれる」
と、書いています。他の寺院については、なんとも書かれていないのにね。

ま、その金閣も、1950年にはひとりの僧によって放火され、炎上してしまいます。
このあたりのことは、三島由紀夫の『金閣寺』、水上勉の『五番町夕霧楼』や『金閣炎上』に詳しいですな。


ということをですな、このクソ忙しいさなかに日本にやって来たブラジル人のオッサンを接待せねばならぬことになりまして、金閣に案内して説明せねばならんかったのですよ。
ブラジルの公用語はポルトガル語なのですが、ポルトガル語なんて一切喋らんからな、スペイン語しか喋らないから、それでもちゃんと理解しろよ!と、釘だけは刺してですな、ややこしい説明をしてましたですよ(笑)
ま、ポルトガル語とスペイン語なんて、大阪弁と標準語程度の違いしかないね。

以下、今年の金閣をアルバムから抜粋。
ここの紅葉は早くから赤く染まる種類なので、なかなかいい感じです。でも、人が多すぎて、やっぱ、この時期はどうにもなりませんな(笑)

奈良の春日大社を見たときにも思ったし、秀吉がつくらせた黄金の茶室を見たときも思ったのだけれども、黄金と漆の赤というのは、並みの神経では調和させることなど出来ませんが、力のある人間が圧倒的なスケールでこれをやると、美の極致とでも言いたくなるほどの艶やかなものが出来上がります。

なので、紅葉の時期の金閣は、一見の価値があります。

金閣寺

金閣寺

金閣寺

金閣寺

金閣寺

金閣寺





鹿苑寺舎利殿 金閣
京都市北区金閣寺町1
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天神橋筋商店街の3丁目「天三おかげ館」で「50年前を楽しむ展示会」やってます
天三おかげ館 50年前を楽しむ展示会  


天神橋筋商店街の3丁目にある「天三おかげ館」で、「50年前を楽しむ展示会」が開催されてます。
なぜ唐突に50年前なのかというと、天神橋3丁目の南端、南森町の交差点にある「りそな銀行 南森町支店」が、開業50周年なのだそうです。
もちろん、銀行も再編されまくってるんで、開業当時はべつの銀行名だったんだけれども(開業当時はなんて名前の銀行だったんだろうか?)、商店街の個々のお店が長らくお世話になっている銀行ということもあって、このようなイベントが開催される運びとなったようです。

展示スペースの奥には、50年前の家具やらグッズやらが並べられていて、なかなか楽しいです。
この、50年前の家具やグッズの収集については、廃屋になった地方の古民家に探しにいったりと、いろいろとご苦労というか、楽しいことがたくさんあったらしく、事前に聞いていたら、僕も探しにいきたかったな、と。

天三おかげ館 50年前を楽しむ展示会


見ていて楽しいのは、やっぱ、当時の写真ですね。
これは、京阪の旧天満橋駅。キャプションがなければ、どこだかさっぱりわかりません。それくらい、風景が変わってしまってます。

天三おかげ館 50年前を楽しむ展示会


その旧天満橋駅の駅構内です。天井が高い!

天三おかげ館 50年前を楽しむ展示会


他、戦前、終戦直後、戦後復興期の天神橋筋商店街の写真もありました。

天三おかげ館 50年前を楽しむ展示会


戦争の空襲にもめげずに、唯一焼け残ったのが大阪市水道局扇町庁舎。
手前は、今は扇町公園になってますが、これまたキャプションがなければまったく場所がわからないほど、変わりようです。

天三おかげ館 50年前を楽しむ展示会


戦後復興の天神祭のようですかね。
天満宮も、微妙に今と違っているかんじがします。境内が今よりも広いような気が…。

天三おかげ館 50年前を楽しむ展示会


これはむかしの住宅地図。ピンクに塗られているところは天神橋筋商店街です。
右側に、上から順に、北同心町、与力町、南同心町とあります。
今、町名が変わっちゃってます。
たぶん、北同心町→同心町、与力町→与力町、南同心町→紅梅町になってるのかな。

天三おかげ館 50年前を楽しむ展示会



イベントはここだけで行われているわけではなくて、アマチュア芸のコンテストがあったり、50周年にちなんで金婚式を迎えられた夫婦が来てくれたら繁盛亭のチケットがもらえたり、帝国ホテル大阪の宿泊券が当たったり…、いろいろあります。

あ、50年前の物価を再現してくれてるお店もいくつかあります。
僕、文房具の文丘堂さんで、B5ノート150円のを30円で買いました〜。

イベントは11/26(金)まで。本日までです☆
おもしろいんで、ゼヒ覗いてみてください。




50年前を楽しむ展示会
11月22日〜26日
天三おかげ館(他、数ヶ所)
大阪市北区天神橋3丁目5-15
HP http://tenjin123.com/
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つけ麺じゃなくてラーメンを探して新規開拓 note.007「井岡亭」 - ボクシングの元世界チャンピオン井岡弘樹が天神橋に出店した店の味は…
ボクシングの元世界チャンピオンの井岡弘樹がやってるラーメン屋、井岡亭に行ってきました。

天神橋筋商店街の3丁目に10月下旬にオープンして、一応、その日の夜に行ってみたんだけれども、その日はスープがなくなったとかで、とっくに閉店していたのでした。チャンチャン。

まあ、いつでも行けるし、逃げるわけでもなしと、今日まで放っておきました。今日、なにげに思い出して行ってきた次第。

えーっとですね、商店街歩いてると、すぐにわかります。巨大な看板が路上に立てかけてあるし、店前のポップが目立ってます。麺を掴んでる箸が上下に動いているというシュールなシロモノ。

井岡亭

井岡亭


まあ、それはいいとして、暖簾をくぐるとですな、誰もお客がいないじゃないか!(笑)
開店して1ヶ月、たまたまなんかもしれんけれども、夜の8時半にお客が誰もいないって、そんなことがあっていいのか?(笑)

店に入ると、入口付近は、予想通りのチャンピオンコーナーです。
当時のタイトルマッチのポスターがあり、当時の試合の実況がモニターで流れています。

井岡亭


オープン以来、井岡さんご本人もお店に常駐しているとのことで、商店街でもちょこちょこ見かけてましたが、僕が行ったこの日は、いらっしゃいませんでしたな。僕は、どーも、そういう方面では運がないらしいです。

メニューを見ると、つけ麺が売りになってましたが、僕はほら、つけ麺食べないから、塩ラーメンです。
井岡亭は、すでに東京の中野で出店していて、そちらのお店は大評判だそうです。その勢いを買って、今回の大阪進出。しかし、天満界隈は舌の肥えた人間が多いんで、東京で成功したからといって、ここでも上手くいくとはかぎらんですぞ。

店内はカウンターとテーブル席とで構成されていて、ビックリするくらい奥行きがあります。表からだとカウンターだけしか見えないから、15人くらいで満席のお店かなと思っていたら、奥にテーブル席があって、そこだけで20人くらい座れる。

全席禁煙だけれども、入ってすぐのところに席待ちのスペースがあって、そこはタバコが吸えます。これは、昨今の風潮からしたら、画期的にありがたいですわ。

食券を買うシステムになっていて、迷うことなく塩ラーメンを注文し、テーブルに通されて、しばし待つと、塩ラーメン到着。接客は、オペレーションも練れてきていると思われ、なかなか気持ちいい接客です。



さて、塩ラーメン。
失礼ながら、パッと見、インスタントラーメンのように見える。
や、それくらいアッサリした見た目、ということですわ。

井岡亭


麺は細麺で、僕好みですな。
ただ、スープ。
塩なんでアッサリしてるんだけれども、アッサリしすぎというか…、えーっと、アッサリなうえに、ちょっと塩辛い。塩、強すぎ。
それとなー、なんちゅーか、なんのインパクトもないというか、食後になんの感想も残らん…。
ここまで自己主張してないラーメンって、あんまり食べたことない。

というわけで、書くことがないんですわ(笑)
記憶に残らん味というか…。






【つけ麺じゃなくてラーメンを探して新規開拓】
note.001 「煮干しラーメン 玉五郎」
note.002 「羆(ひぐま)」
note.003 「四川拉麺」
note.004 「天下一品 東梅田店」
note.005 「揚子江ラーメン 本店」
note.006 「西松家」





井岡亭
大阪市北区天神橋3-5-16
tel. 06-6881-2222
11:00-23:00
無休(当分の間)
HP http://iokatei.com/

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北区にも紅葉の名所があります
紅葉といえば、京都か奈良。少なくとも、北区に紅葉スポットはないよな、と、ずーっと思ってきました。
そう思っていた折、F女史から、大川沿いの桜並木が紅葉した風景はなかなか見応えあるよ、と聞いて、桜のオータム・リーブスはノーマークだったので、ちょっと行ってきました。

桜って、たしかに紅葉するし、仲秋の季語に「桜紅葉」があるのも知ってるけれども、でも、すぐに散るしなあ。歯が欠けた櫛みたいになるし、そんなキレイかな?と、ちょっとした疑念も抱えつつ、チャリをこいで行ってきたのでした。

場所は、天神橋から天満橋を抜けて、川崎橋あたりの一帯。造幣局の通り抜けを含む、桜の並木です。

天神橋の真ん中まで行って、川上に視線を向けたとき、息を飲みましたですね。
見事な桜紅葉。まさに、錦秋です。
いわゆる銀杏や紅葉と違って、桜のそれは彩度が低くてくすんではいるけれども、そのぶん、侘び寂びも憂いもたっぷりに含んだ、心に沁みてくる静寂がにじり寄ってきます。橋の上から並木を眺望すると、枯山水のような趣をたたえた、一幅の絵です。

桜紅葉 大川

桜紅葉 大川

桜紅葉 大川


春に花が満開になって、花びらが散って川面を埋め尽くすとき、花筏となり、
晩秋には、桜紅葉。種類によっては、この時期に小さくて白い花を咲かせる寒桜もありますね。

桜というのは、人間が人間のために改良を重ねてきた、自然と人工が結節する極点のような存在だけれども、この時期、これほどの美をもたらしてくれるとは、知りませんでいた。
秋の楽しみが、ひとつ増えました。



そして、桜紅葉は、近寄ってみるとダメ。やはり落葉が早いせいもあってか、櫛の歯が欠けたようで、少しみすぼらしいかんじがします。
遠くから見て楽しむのが一番いい、なにやら芸能人のような(笑)

桜紅葉 大川


ただし、近寄ってみると、この、桜紅葉の絨毯を楽しむことができます。
この落ち葉を眺めているだけで、無心になれそうです。

桜紅葉 大川


中之島公会堂の桜紅葉は、見事なグラデーションを形成してました。
今年の京都の紅葉がそうだけれども、グラデーションになっている紅葉が、どうやら今年のトレンドみたい。
紅葉は気まぐれだから、毎年、読み切ることは難しいけれども、今年はどうやら、アタリの年みたいです。

桜紅葉 大川



この風景を教えてくれたF女史、ありがとう。
たからものが増えました☆





阪急百貨店のショー・ウィンドウはメガネ不要で見られる3D映像の「リサとガスパール」
阪急百貨店のショー・ウィンドウ

阪急百貨店のショー・ウィンドウ


先日、阪神百貨店の凝ったショー・ウィンドウのことをエントリーして、この分野の専売特許だったはずの阪急百貨店はどうしたの?みたいなことを書きました。

そんときのエントリーは、こちら。

「阪神百貨店のショー・ウィンドウが北欧バージョンになってます☆」


が、しかーし、阪急百貨店もですな、改装中とはいえ、ちゃーんとやってたんですね。
1階の入口横に、ショー・ウィンドウができてました。

例年行なってきた「リサとガスパール」のウィンドウが、今年もお目見えしてました。
オペラ座の怪人を彷彿とさせる舞台設定なんだけれども、白眉なのは、3D映像が仕込まれているところですな。
真ん中にモニターがあって、裸眼でもチャーンと立体的に見える映像が、そこには映し出されています。
専用メガネとか、要りません。

トランプやらギフトボックスやらが、箱から飛び出してくるという、3D映像ならではの仕掛けが楽しめます。

じつは僕は右目が斜視でイカレてるんで、3D映像というのは、ちゃんと見えないのですね。これから主流になるのかどうか知らないけれども、とりあえずは、僕にとってはまったく関係ない技術が、この、3D映像です。
でも、この、専用メガネ不要の3D映像って、そういう僕でもちゃんと立体的に見えますね。なんでだか知らないけども。

この、メガネがなくても見られるモニターで3D映像を映すという技術が、阪急百貨店のショー・ウィンドウのようなオープンスペースで展開されるのは、初めてなんだそうです。

こういうのは、もっとひろがればいいと思いますな。

ちなみに、阪急百貨店の2階にも、この装置があるそうです。
「リサとガスパール」の絵本展示も2階でやってます。
絵本展示は11/23-11/30、3D映像の展示は12/23までやってます。




阪急百貨店のショー・ウィンドウ
大阪市北区角田町8-7
HP http://www.hankyu-dept.co.jp/honten/
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新梅田シティのドイツ・クリスマスマーケットは、きっと、ドイツのしょぼい田舎のそれよりも盛り上がってると思う
ドイツ・クリスマスマーケット

ドイツ・クリスマスマーケット

ドイツ・クリスマスマーケット


空中庭園がある新梅田シティの巨大なクリスマスツリー&ドイツ・クリスマスマーケットがはじまりましたな。
12/26(日)までやってます。

例年、年末進行でクリスマスなんて一瞬で過ぎ去ってしまって、長いこと、なーんもしたことなくて、せいぜい、この、クリスマスマーケットを覗くくらいですわ。
といっても、特に浮かれた気分にはならんのだけど(笑)

さて、ドイツでは、クリスマスの4週間前からカウントダウンがはじまり、まちの広場に、クリスマスのオーナメントを売る屋台が軒を連ねるようになります。
その時期にドイツにいたことがあるけれども、そうやって盛り上がってるのは、家族づれメインで、若い人たちにはあんまり関係ないみたい。
クリスマスをカップルで過ごす習慣はないし、クリスマスマーケットも伝統行事の枠内のことですな。
その意味では、ニュールンベルグのクリスマス・マーケットみたいに観光化されてるのはべつとして、通常のまちのものなら、家族連れだけじゃなくてカップルがたくさん来るぶん、この、新梅田シティのクリスマス・マーケットのほうが賑わってるんではなかろうか。

でも、それはそれでドイツと日本の両国にとっていいことだろうし、このイベントは意味があるような気もします。
周辺の飲食店が、この時期、客足が鈍るっていうけど、それだけこのドイツ・クリスマスマーケットに集客があるってことだしね。

あ、今年から梅田周辺の各イベントは、スノーマンで連携しているはずだけど、ここのドイツ・クリスマスマーケットでスノーマンは見かけませんでしたわ。



こういうオーナメントがたくさん売られています。

ドイツ・クリスマスマーケット


今年も移動式のメリーゴーラウンドが出現しておりました。

ドイツ・クリスマスマーケット


ちなみに、食べるもんが、高いんだわ。
フランクフルト、パンがついて1本600円也。絶対に高いと思う。

ドイツ・クリスマスマーケット


下の、フロアにも、例年同様、クリスマスツリーの森が出現しておりました☆

ドイツ・クリスマスマーケット



新梅田シティ 空中庭園のドイツ・クリスマスマーケット
大阪市北区大淀中1-1-88
11/19-12/26

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阪神百貨店のショー・ウィンドウが北欧バージョンになってます☆
阪神百貨店

阪神百貨店

阪神百貨店


阪神百貨店のショーウィンドウ
に、北欧をテーマにしたクリスマス・ウィンドウが登場してます。

なかなか凝っていて、阪神百貨店のショーウィンドウにそんなイメージはなかっただけに、ちょっと見入ってしまったのでした。凝りまくったショーウィンドウというと阪急百貨店の独壇場だったけれども、阪急百貨店の凝ったショーウィンドウのスペースは工事中だし、今は阪急と阪神間で人事交流もあると聞くので、そういうことも影響しているのかしらと、いろいろ考えたりもするけれども、なんにせよ、阪神百貨店のショーウィンドウは今、凝ってます。

よく見てみると、キャラクターがいてますな。
スナフキンかと思ったら、そうじゃなくて、これは、北欧の妖精・トムテさん。
北欧というか、スウェーデンのサンタクロースですな。

僕は、トムテには一家言ありますよ(笑)

だいたい、昨今大流行りの北欧ブームだけれども、スウェーデンとノルウェー、フィンランド、デンマークって、それぞれ文化が違うから、ひとくくりにするのはしんどいような気がするんですけどね。

トムテは、スウェーデンの妖精。サンタクロースに扮していることも多いけれども、本来はサンタクロースじゃなくて、森に棲む妖精ですわ。
そもそも、サンタクロースは、トルコのキリスト聖人ニコラス司教がモデルなのであって、北欧はまったく関係ない。まったく関係ないけれども、北欧=サンタクロースの出身地としていつの間にやら売り出されてしまってるんで、変な誤解が生まれます。

ほいで、妖精というのは、キリスト教とはまったく関係がなくて、それこそ、キリスト教以前の土着の宗教物語のなかに登場するキャラクターは、どれもこれもまとめて妖精ということになってしまってます。
なにも、善意の象徴ではないです。
どの原始宗教も自然そのものを神として見立てるので、自然から受ける恵みと荒ぶり畏怖すべき自然との両面を併せ持った性格付けが、象徴には内包されますね。
トムテもそうで、一応は農家の守り神ということになっているけれども、ご機嫌取りをしないと護ってくれないし、ご褒美をあげないとすぐにサボるし、いたずら好きでもあります。
そういう複雑な性格を持つからこそ物語に深みが出るのだと思うんですが、いわゆる昨今の北欧ブームやサンタクロースは、そういうのはキレイさっぱりとクレンジングされて、素朴でいいコト尽くめみたいになってますね。

ま、そうしたものをきっかけとして自然回帰に向かうのは、悪いことでもないとは思うけれども。

なんにせよ、阪神百貨店では、とりあえずは、普通に思い描くような、素朴な北欧のイメージのままのものが、凝った装飾でショー・ウィンドウに展開されてます。

動きがあって、なかなか飽きないですわ。

クリスマス・バージョンだから、12/25まではこのデコレーションでいくのかな。

阪神百貨店

阪神百貨店



阪神百貨店屋上ビアガーデン
大阪市北区梅田1-13-13
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つけ麺じゃなくてラーメンを探して新規開拓 note.006 「西松家」 - 阪大生が開発した内定ラーメンを食す(ただし内定もらう予定はない)
 西松家 内定ラーメン


少しまえに、大阪大学の学生が就職活動をしている楽聖を応援しようと、内定ラーメンなるものを開発して、大阪市内のラーメン店で商品化してもらったという話を聞いたのでした。

なかなかやりおりますな、と思いつつ、そのラーメン店が僕の行動範囲内のところにあったので、行ってきたのでした。

場所は、兎我野町にある「西松家」です。
わりと、名の知れたラーメン屋さんですな。でも、行ったことなかったので、ちょーどいい。

何のラーメンが美味いのか全然知らないんだけれども、とりあえず、お目当ては、内定ラーメンです。
や、内定とりに行く予定ももらう予定もないけどね。

一応、内定ラーメンは僕が注文してもいいのか?と店に聞いてみたところ、どーぞどーぞ☆と快諾していただきました。
スープは、塩、トンコツ、味噌の3種から選ぶようになっていて、塩好きの僕は、当然のごとく、塩ですな。

んで、出てきたのは、これです〜。

西松家 内定ラーメン


スープはかなりアッサリめ、麺はエンジェルヘアの極細麺ですわ。スープはもちょっとコッテリしているほうが好みだけれども、麺は、細いのが好きですね。
んで、チャーシューはいいとして、ネギがドカン!これも好きです。

ほいで、目玉は、「内定祈願」とプリントされた巨大ノリです(笑)
つまるところ、このノリがついてたら内定ラーメンで、だからスープの種類が固定されてないのね。

ノリには、こんなことがプリントされてます。

西松家 内定ラーメン


一番下のフレーズがスープに隠れて見えないけれども、いいこと書いてありましたです。

「あなたはできる人。将来の夢や目標を明確にイメージしよう!」


僕は思うんだけど、「なんでもやります!一所懸命やります!」ってのは、会社にとっては、ほしい人材ではないですね。
会社がほしい人材というのは、端的にいうと、やりたいことを持っている人です。
というか、会社というところは、そういう場所ですわ。

会社が持っているおカネや人脈や、信用を使って、机もPCも電話も使って、やりたいことをやる、自分が提供したい商品やサービスを提供する。それが、まず最初だと、僕は思っています。
それを収益化するための理屈は、会社のなかのエラい人が考えてくれる。でも、なにをやりたいのかは、誰も考えてくれないし、その人なりのやりたいことがなければ、なにもはじまりません。

そういう、これをやりたい!って思いを抱えている人こそ、会社にとっての人材で、会社というところは、そういう人が集まってできるもんです。

なんでもやります!って人は、なにをしたいわけでもない、ってことになってしまうので、それはバイトでいいわけでね。

だから、将来の夢や目標を明確にイメージすることはとても大切なことだし、さらにいえば、それを相手に伝える術を持つことも必要です。

内定めざして、就職活動している人、頑張ってください☆



【つけ麺じゃなくてラーメンを探して新規開拓】
note.001 「煮干しラーメン 玉五郎」
note.002 「羆(ひぐま)」
note.003 「四川拉麺」
note.004 「天下一品 東梅田店」
note.005 「揚子江ラーメン 本店」








西松家
大阪市北区兎我野10-20
tel. 06-6365-6759
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