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与謝蕪村は毛馬の生まれだったのか!
与謝蕪村 生誕の地


毛馬の浄水場までチャリを走らせていた折り、与謝蕪村の生誕の地の碑というのを見つけて、大阪生まれの人だったのか!と、ちょっと驚きました。
与謝蕪村といえば、京都の島原角屋を拠点にしていたイメージが強いので、京都の人だとばっかり思っていたのでした、僕は。
大阪の、それも毛馬の生まれだったとは!
なんか、今では与謝蕪村公園まであるそうですね。もっとも、この公園は毛馬橋の東詰、都島区ですから、このブログでは紹介しませんが(笑)

起て居てもう寝たといふ夜寒哉
とか、
蚊の声す忍冬の花の散るたびに
とか、

まあまあ好きな句もあるにはあるのですが、僕は、じつのところ、与謝蕪村がそんなに好きではありませぬ。というか、松尾芭蕉、小林一茶と並んで日本三大俳人に数えられていることにすら、少々違和感を覚えます。あんまり、いいとは思わんのですね。

芭蕉みたいに、思想性が表面に出ることはなく、ただただ情景描写に徹するスタイルは、表現形態としては、少々浅い、と、僕は思うのですね。まあ、言葉は洗練されてるけれども、だからなに?ってかんじで。

ま、でも、墓を見つけたので、一応、エントリー。
しかし、大阪のどこかを描写した蕪村の句を見たことがないのですが、あるんだろうか?(笑)
やっぱ、京都の人でしょう、この人は。

大阪も、ちょっとでも引っ掛かったら、なんでもかんでも商売にする、というのは、やめたほうがいいかと。




与謝蕪村 生誕の地
大阪市北区長柄東3丁目 毛馬堤防上

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この記事のコメント
蕪村が大阪生まれだということを知らなかったことを自慢するのは如何なものかと思います。
蕪村自身が毛馬の生まれを晩年まで明らかにしなかったのは、自分の生い立ちの中の出来事がトラウマなっていたのではないかともいわれています。
蕪村が呼んだ句の中に大坂の地名を詠まれているのが少ないのは、その辺りにあるのでは。しかしゼロではありません。
『源八を わたりて梅の あるじかな』源八の渡し
『窓の灯の 佐太はまだ寝ぬ 時雨かな』守口の佐太
『うかぶせに 沓並べけり 春のくれ』天王寺の浮瀬亭
などがあります。

| 通りがかりのおっさん | 2010/06/11 7:51 PM |
この記事のコメント
>通りがかりのおっさんさん

知らんかったことを自慢してどこに不都合があるのかわかりませんが、それはさておき、自慢しているわけではなくて、単に驚いているだけなのでございます。

だって、あなたも書かれているとおりで、一般的に京都のイメージの強い人だと思うので。また、僕には、彼に対する思い入れもことさらないので。

大坂を読んだ句のご紹介、ありがとうございました☆



| ルイス | 2010/06/11 9:27 PM |
この記事のコメント
実際に大阪生まれなのだから、商売にする云々とイチャモンをつけるのは筋違いだと思いますよ。

| 通りがかりのおっさんNo2 | 2011/05/25 3:48 PM |
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