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「大阪人」休刊の報に触れて、思うこと
大阪人


少しまえから心配されていたことだけれども、「大阪人」の休刊が正式に発表されました。

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120218-OYO1T00252.htm?from=main2

4月2日発売号で休刊だとのことです。
橋下市長の就任後、外郭団体の全廃や補助金見直しの方針を受けて、発行元である大阪市都市工学情報センターに助成金が下りなくなり、金銭的なメドが立たなくなりました。

編集会社である「140B」が編集の委託を受ける以前、2010年度は、約2900万円の赤字でした。当時の編集スタッフの仕事の杜撰さを耳にしていただけに、僕は、さもありなん、と思っていました。
その後、当然のことながら、事業仕分けされ、編集は公募により外部委託され、販路拡大に取り組むよう、巻き返しが図られました。そのような経緯を経て、2011年の夏以降、大阪市都市工学情報センターは発行のみに専念し、140Bが編集を行う現体制が確立されました。

140Bが編集を行うようになって、昨年の6月にリニューアルされて、判型も発行スパンもなにもかもが変わって再スタートを切り、少なくとも、発行部数は倍増したとのことです。でも、広告収入はV字回復とはならなかったようです。で、今回の市長方針の元、1年足らずで休刊です。

ちなみに、リニューアル後は、隔月発行+あいだの月に増刊号を挟むという形態でした。

最終号は、
3/16発売の5月号「大阪人は昔も今も『名所』好き」
4/2発売の5月号増刊「古地図で知る大阪歴史の『名場面』」
です。

140Bが編集を行う以前の「大阪人」。
もちろん愛着もあったけれども、マンネリ化しているなあ、という印象もあったのですね。少なくとも、僕は、そう感じていました。
見てくれのクオリティは一見高そうだったけれども、企画が深くまで掘り下げられていなかったり、陳腐な切り口であったり…、ワクワクするような待ち遠しさはなくなっていたな、と、僕は、いち読者として感じていました。

事実、「大阪人」という雑誌は、本屋さんに並ぶ最新号よりも、古本屋さんに並んでいるバックナンバーのほうが人気があったように思います。

だから、140Bが編集すると聞いて、久しぶりに新鮮な喜びで発売をワクワクしながら待つという愉楽を楽める、そう思っていたのでした。
でも…、
リニューアル後の「大阪人」もまた、べつの意味で、僕にとっては、心から満足できる誌面ではありませんでした。
なんちゅーか、すごく陳腐なモノ言いになってしまうけれども、「Meets」+従来の「大阪人」という印象だったのですね。まったく新しい切り口を期待していただけに、ちょっとモノ足りなかったかなぁ。
特集されたテーマでは、以前よりも格段に深く掘り下げているように思えたし、毎号毎号力作で、キチンと誠実につくられているとも感じていたし、挑戦もしていたようにも思うのだけれども、どうしても感じてしまう違和感を、僕は拭えませんでした。
テーマもね、玩物喪志的というか、マニアのツボをくすぐるようなチョイスが多く、真正面からがっぷり四つに取り組むようなテーマで誌面がつくられるようなことは、なかったと思っています。そのあたりの違和感、デカかったですね。
でも、リニューアル後は、そんな僕の感想はともかくとして、長らくなかったような活気が漲っていたのは、事実です。少なくとも、僕の周辺では、そのようにもてはやされていました。

そうしたリニューアル当初の喧噪をすぎて、ようやく、おっ!と思うようになったのは、最新号である「司馬遼太郎」特集。
この巨人だけでなく、大阪に縁のある文学者を「大阪人」はなかなか取り上げてこなかっただけに、やーっと、新しい!と感じることができたのですね。
しかも、ここで語られる司馬遼太郎は縦横無尽で、「大阪」を軸に全キャリアを網羅しており、これは一級品の仕事になってるわ!と、小躍りするように貪り読んだのでした。
司馬遼太郎といえば、いわゆる司馬史観を中心に思想家・歴史家としての司馬遼太郎が語られることが多いけれども、この号では、純粋に小説家としての司馬遼太郎にスポットを当てているし、そこにこそ、春の伊吹のような新鮮さを感じたものです。司馬遼太郎については僕も人後に落ちないくらいにマニアックに語ることもできるけれども、それでも、知らなかった事実をたくさん発見することもできました。

もうひとつ、これまた最新号である4月号増刊の「ザ・大阪のデザイン」も、最新号にして、ようやく、グイッと飛躍した印象を感じさせる誌面です。
建築だけではない、店だけでもない、デザイン情報発信拠点だけでもない、グッドデザインな商品や作品だけでもない、大阪のあらゆる事象を、「デザイン」という切り口で紹介していく方法は、縦糸的な手法ではない横糸的な切り口として、とても新鮮!かつ、「大阪人」らしい、縦糸的な深い掘り下げもなされています。これこそ、増刊号ならではの仕事ではないですかっ!



そんな「大阪人」も、次号、次増刊号をもって、休刊となります。
どうすればいいんだろうか?
赤字が理由だというのなら、デジタルブック化してコストを下げるというやりかたもあるでしょうね。
どうやら文化には公金を投入しないらしい人物のように見える新市長のもとで、たとえ黒字化するようなプレゼンをしても復活が叶わないのなら、僕は、大阪市から離れて、新たな版元を探すのがいいのではないか、と、思っています。

公器と呼ばれる新聞やテレビと違って、雑誌というものは、もともとが、「好きなコト、伝えたいコトを伝える」ためだけにはじまったもんです。そうした、個人の、根源的な欲求が出発点だったのが、雑誌というメディアです。そこにはもちろん、ときとして、権力への挑戦や既成体制への挑戦といった思いもあります。雑誌とは、元来が、そういうもんです。
雑誌は、公器である新聞やテレビとは役割を異にする、オルタナティブな存在のものです。

僕は、「大阪人」には、その精神が、むかしから一貫してあったように思っています。だから、大阪市(の外郭団体)が発行していながら、この雑誌は、大阪市のPR雑誌という枠を飛び越えて、メセナ的な役割すらを自ら担っていたように思うのですね。
もっといえば、「大阪人」の編集に携わる人たちにとって、発行元が大阪市(の外郭団体)というのは、単なる、雑誌を発行するための体裁に過ぎなかったのではないか、とも思います。他人さんのおカネ(公金)を使って、大阪を舞台にオモロいことを発信していこうや、というような、清々しいふてぶてしさを、僕は、特にリニューアル後の「大阪人」からは感じていました。

橋下市長就任後、最初に発刊された3月号(2月16日発売)の「司馬遼太郎特集」号では、巻頭、ずーっと連載しているとはいえ、市長選で橋下さんの敵方として戦った内田樹さんが、(名指しこそしていないけれども)橋下市長のモノの考えかたや世論と真っ向から対立するかのようなテキストを、寄せていました。
このテキストが市長の逆鱗に触れたのかな、だとか、前市長の残り香をさっさと消したいがための助成金廃止?だとか、下衆な勘ぐりをすることはいくらでもできるけれども、そんなつまらないことを云々する以前に、このテキストをこのタイミングで掲載したという事実からは、編集人の気骨やプライドや闘う姿勢が、伝わってくるのですね。雑誌は雑誌、行政や政治とはべつもの、といった気骨。

雑誌は、ときとして、現体制や既成のものと、ぶつかることがあります。また、そうなったとき、ぶつかることを怖れないこともまた、雑誌というメディアの重要な特性だと、僕は思っています。
そんなことをツラツラと考えていると、僕は、もう、「大阪人」は、税金から離れるときが来たのだという結論を手繰り寄せます。
どうしても続けたいのなら、まだまだ遊んでいたいのなら、本気になって、新たな版元を探せばいい。ここから先は、現在の編集者である140Bや、存続を望む人たちの、腹と胆が試されるときです。

公募に応募し、編集権を勝ち取った140Bの人たちにとって、携わって1年足らずのうちに休刊に追い込まれるなんてことは、どれほどの無念かと、察して余りあります。
でも、その無念を再び歓喜に変えるのであれば、今こそが、腹と胆を試されているときだと、僕は檄を飛ばします。鬨の声を上げるのは、今です。

もう、大阪市から離れるときが、来たんです。
「大阪人」は、とっくのむかしから、大阪を愛する人たちのものなのです。そこまでに成長させた大阪市の功績は大きいけれども、その器に収まり切らなくなった今、「発行元・大阪市」から巣立つべきだと、僕は考えます。
そして、新たな発行元を、探しましょう。

そうやって生き延びてきた雑誌は、古今東西、数多あるのだから。
そして、願わくば、「大阪人」が、装いを変え、新たな顔で僕たちの前に再び姿を現したとき、僕はまた、これまで通り、毎号をチェックしながら、相も変わらず、買っていきたいと思っています。

「大阪人」には、苦難を乗り越えて現在もしぶとく発刊を続けている「大阪春秋」という、素晴らしいお手本もあります。
現在の大阪城も、中之島に数多架かる橋も、そう。大阪は、民、草の力で成り立ってきたまちです。
「大阪人」もまた、大阪の民や草とともにある雑誌に生まれ変わらんことを、願っています。






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| ゴリモンな日々 | 2012/02/20 9:29 AM |
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