大阪市の北区をグルグル巡るブログ | 大阪市の北区メインでいろいろ仕事をしてます。仕事場も住んでるところも大阪市北区なので、北区をグルグル巡って、目にしたもん耳にしたもん感じたもんを、つらつらと書いています。

大阪市の北区をグルグル巡るブログ
大阪市の北区をグルグル巡るブログ
<< 天神橋筋商店街にたった一人でずーっと立ち続けて震災支援の義援金を呼びかけた板東英二さんが、目標を達成して義援金を寄託されました☆ | main | 南森町交差点北側の天神橋筋商店街入口のところ、迷惑駐輪のメッカを憩いの場所に変えることで解決するプロジェクト☆ >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


月とフェス
皆既月蝕

皆既月蝕

皆既月蝕

皆既月蝕 

 


12月10日の月蝕はもちろん満月で、その前日の9日は、十三夜の月でした。
明るくて、眩しくて、月がキレイだよ、と、僕は、月が大好きな友人にメールしたのでした。

十三夜の月は、大好きです。
満月の十五夜と違い、少し欠けた十三夜の月は、古来より日本人にとって特別な月で、平安時代、ときの天皇は、他に並ぶもののないほど美しいものと讃え、無双の月と称しました。完全ではない、慎ましさが、人々を魅了したのですね。慎ましさを美しいと感じるその美意識が、僕は、とっても好きです。
願わくば自分もそのような人間でありたいとは思うけれども、それはそれとして。

皆既月蝕をキチンと見たのがいつ以来なのか、まったく思い出せません。
そのような生きかたをしてきたのだと言われば、黙って唾を飲み込むしかないです。
でも、今回の夜のことは、しばらくは覚えていそうな気がしますな。
前日の十三夜の月にハッとし、土曜の夜、僕は、防寒着を着込んで、扇町公園へ出かけたのでした。
最初は自宅のベランダから眺めていたのだけれども、あまりにも月が真上にあって、いい加減、首が疲れてきて、もっと広い空間で見たら、そんなに見上げなくてもいいのかもしれないと、頓珍漢なことを思って、扇町公園へいそいそと出かけていったのでした。
もちろん、扇町公園のグラウンドから見たといって月が低くなるわけではなくて、月は相変わらず真上にあるのだけれども、ここではたくさんの人がベンチに寝そべって月と相対していました。

月が、じつにたくさんの人に見られていました。
じつにたくさんの人が、月と、相対していました。

月と相対することそのものには、どれほどたくさんの人がそうしていようとも、それは、それぞれにとって孤独な仕業です。
ちょうど、真夜中にCDやレコードと相対する、少年や少女のように、月と相対するという仕業は、自身の裡を覗くという仕業に他なりません。

観月会が、祝祭に彩られたフェスなのだとしたら、月と相対するあなたや僕の仕業は、やはり、真夜中にたったひとりで音楽と相対する少年や少女のようだと、僕は思うのです。どれほどの人が見ようとも。

ただ、とても奇妙だったのは、twitterやSNSのおかげで、孤独な仕業でありながらも、同時に、さながらフェスの様相を帯びていたことです。

ライブではなくて、やはり、フェスですね。
素晴らしいライブを体験したあと、僕は、口をつぐんでしまうことが多い。黙って、家路に就く。誰かといて、どこかに寄り道したのだとしても、口数が少なくなります。
なんというか、口を開き、なにかを言葉にするたび、ミラクルな充実感が身体から抜けていくように思えて、素晴らしいライブのあとは、きまって口をつぐんでしまいます。
でも、フェスは違う。
フェスは、祭で、連帯で、なにかを一緒につくりあげていくような、共同作業の喜びのような色合いを帯びています。
twitterやSNSを絡めたこのたびの観月は、そのようなものでした。

単独の一人で月と相対する孤独な仕業でありながらも、祝祭的な色合いを帯びていたこの度の観月で、僕はそのようなことを感じていたのでした。




■この町内の最近のエントリー■
スポンサーサイト

コメントする









この記事のトラックバックURL

http://kita-ku.jugem.jp/trackback/778
トラックバック
/PAGES
▲page top

pagetop
Copy Right(c)2009-2011 Joe's Garage inc. Asakaho Luis Ryuta All Rights Reserved.