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京都大学へ防災の講義を聴きにいく - 大切なのは「絆」
京都大学 大学院地球環境学室

京都大学 大学院地球環境学室


相変わらず防災づいてます。
今回は、大淀西連合振興町会が企画した防災の勉強会に参加してきました。
防災勉強会、セミナーというと、自分の家でできる「自助」と、共同体で取り組む「共助」の話が必ず出てきて、いささか食傷気味なのだけれども、今回のは、ちと違います。

なんと、京都大学へ防災を専門とする先生のお話を聴きにいったのでした。
京都大学大学院の地域環境学室の国際環境防災マネジメント論分野というのがあってですね、そちらのショウ・ラジブ准教授竹内祐希子特定助教のお二人の先生による講義です。

大淀西地域では日ごろから防災に力を入れていて、避難訓練なども積極的に行なっている地域です。訓練を繰り返すことで、地域のコミュニケーションを密にしていく、という狙いもあるようです。
これだけ熱心に防災に取り組んでいる地域は、北区内ではおそらくありません。なので、そういう地域だからこそ、わざわざ京都大学まで出向いていっての聴講と相成りました。40人のご参加。バス、チャーターしてますから。

ちなみに、ショウ・ラジブ准教授はインドはカルカッタ(大好き!)のご出身のインド人なのだけれども、日本語ペラペラ、奥さん日本人、ご本人も今は日本人の、日本在住18年目の先生です。インド人に防災のお話を聞く機会というのはなかなかないので、ちょっとワクワクです。

以下、講演のダイジェストです。

今回の東日本大震災は、よく、1000年に一度の、なんて言われ、想定外という言葉が飛び交ってますが、研究者のあいだでは、想定外でもなんでもないという、のっけから衝撃的なフレーズで講義ははじまったのでした。

今回のように3つの断層がいっぺんに動いた例は、869年の貞観地震まで遡ります。その意味では1000年に一度かもしれませんな。でも、3つのそれぞれの断層が個別に動いた大地震は、
1896年の明治三陸地震
1933年の昭和三陸地震
1960年のチリ地震
今回のも入れると100年で4回も起こってるわけです。
その意味で、想定内ですね。

ということを踏まえたうえで、今回の地震を分析されてはりました。

言うまでもないことだけど、最大の特徴は、津波ですね。
津波による水死が、死因のなかでは圧倒的だし、そのおかげで、土地の高低差で被害状況がまるで違います。

被害の大きかった宮城の例が顕著なのだけれども、
三陸地域(漁業地域、高齢化の進む地域)は沿岸地域のかぎられた平地なので、高台が多く、そのおかげで逃げ場がたくさんあった。
一方の仙台平野(農業地域、新興都市)は、沿岸地域のかぎられた高台しかないので逃げ場がなく、学校や病院などの公共施設の屋上などに逃げるしかなかった。

警報システムなどは確立されているけれども、スピーカーからの音声がはっきりと聞き取れなかったりしたりして、地震発生から3分後には警報が発令されているのにもかかわらず、人々が警報を受け取るまでに平均で23分かかっています。そして、6%の人しか高台へ避難できていませんでした。

ただ、特筆すべきなのは、釜石市の中学生が判断をして小学生を連れてより高台へ誘導した、という事例があります。これは、地震発生の5日前にたまたま避難訓練を行なった成果で、こうした事例から、場所、訓練、意識があれば、ある程度の被害は軽減される、ということです。
やっぱ、防犯訓練というのは、やっただけのことはあるようです。

続いて復興にかかる問題です。
たとえば、仮設住宅の建設が遅れているというニュースは、しょっちゅう耳にします。
で、辛い避難所暮らしを想像して、早く仮設住宅を!と、僕たちは声高に叫びがちですが、ラジブ先生は少し違う視点で見ているようです。
まず、仮設といっても電気やガスなどのインフラ整備が必要なので、ただプレハブを建てればすむ話ではないということが一点。
もうひとつは、ひとつの仮設住宅帯に、誰をどのように入居してもらうか、といった、組み合わせというか、隣近所の問題です。
人はひとりで生きているわけではもちろんなくて、これまでの地域の人間関係や、避難所で新たにできた人間関係もあるはずです。
それらを無視して、抽選による決定をするくらいなら、多少の時間がかかってもいいから、住民による話し合いや希望による決定のほうが望ましい、と。
仮設といっても3年〜5年は住むことになるのだから、隣同士の関係は大切。その期間のことを考えたら、避難所生活が1ヶ月や2ヶ月遅れてもいいから慎重に決めたほうがいい、と。

僕は、阪神淡路大震災のときに長田の仮設住宅に長く通ったので、そのことの意味をよくわかっているつもりです。あのときは、コミュニティが形成されずに、孤独死が何度もあったのです。
ラジブ先生は、抽選による決定については、明確に、人間を番号で呼んではいけない、と、明確に否定してはりました。このあたりの明快な否定は、効率一辺倒になりがちな僕たちに、楔を打ち込んでくれているようにも思いましたですね。

続いて、復興計画。
復興計画は、市町村別に復興計画の策定が予定されているのだけれども、地方自治体は、国が大方針を決定してくれないことには計画は立てられないといいます。一方で、国は、市町村が復興計画を出してくれないと、グランドデザインが描けない、と言います。
ボトムアップでもトップダウンでもいいのだけれども、双方が、責任逃れをしているのが現状のようです。
それでも、宮城県を例にとると、各市町村で、復興計画を発表する締め切り日を設けているようです。早い地域だと8月に、遅い地域だと来年の3月に、というタイムスケジュールです。もちろん被災状況によって復興計画の策定の様相は違ってくるだろうから、マチマチになっています。

瓦礫の処理も、遅々として進みませんね。
なぜかというと、ひとくちに瓦礫というけれども、その実態は、建設資材もあれば、思い出のアルバムもあるわけで、所有者の特定から個人資産など、さまざまだからです。腑分けが必要なのは、いうまでもない。

このあと、竹内先生による愛媛県西条市、広島市の事例を簡単に紹介していただいたのでした。
どちらも、山と海を抱え、台風によく見舞われる地域です。つまり、土砂災害が多い。
土地利用の変化などで、山の深いところまで住宅地が入り込んでいくわけだけれども、つまるところは、山や盛りのマネジメントをしていかないことには根本的な問題の解決にはならない、ということです。
ただ、このあたりのことは、大阪市に住む僕たちとは、ケースが違いますな。

僕たちにも参考になる事例としては、タウンウォッチングや防災マップの策定。
タウンウォッチングは、必ず集団で行ない、危ないところだけをマッピングしていくのではなくて、大切な場所や素敵なところもマッピングしていくのが、コツなのだそうです。
さらに、防災マップ。せっかくつくっても、捨ててしまったり、イザというときにどこにあるかわからない、という事例がほとんどのようです。
そのほか、地域コミュニティでできることといえば、防災倉庫の充実、防災訓練の充実(人の運搬訓練では、人と同じ重さの人形を用意したり…)など、やることはたくさんあるようです。


以上、90分にわたった講義をざっと振り返ってみました。



京都大学 大学院地球環境学室

大淀西連合振興町会




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