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中崎町の「白龍大神」に見るミイサン伝説
中崎町のど真ん中というか、へそにあたる場所、といっても、細い路地を入っていった奥の目立たないところなのだけれども、「白龍大神」がおわします。
銭湯の葉村温泉(このあたりはそのむかし、葉村町と呼んだのですよ)の横にある路地からひとつ南にくだった細い細い路地ね。ちなみに、この路地は、たぶん、参道ですね。

白龍大神


神社と呼ぶにはこじんまりとしすぎており、祠や社というのがピッタリの、ミニサイズのお社です。
地蔵尊と仲よく並んではります。

白龍大神

白龍大神

白龍大神


後ろにでっかい銀杏のご神木があるし、白龍と名がついているので、ご神木の根っこに白ヘビが棲みついていた、いわゆる、ミイサン(巳さん)伝説が残っている場所ですね。

白龍大神


ミイサン伝説とは、要は、ヘビの祟りというか、区画整理などでこの木を伐ろうとするたび、事故が起こったり死人が出たりすることで、きっと、このご神木にもそのような謂れがあったと思われます。で、祀ろう!ってことになって、お社ができた、というストーリーは、わりと容易に想像できます。

そのへんにあたりをつけて、いろいろ調べてみると、わりとニアミス。

祠の近くに「白龍大神」と刻まれた石碑があって、その石碑の裏側には、昭和12年6月の建立である旨が記されています。
さらには、祠の近くには、「奉子年六十六歳男建之」と記された灯籠もあります。

町内で、というよりも、近くの妙齢の婦女子さんがお世話をされていて、お話を聞くことができました。

この祠に祀られているのはヘビの神さまで、地元では白龍さんと呼ばれていて、石碑を建てた先代はすでに他界されており、銀杏のそばに白龍さんを祀るようになった経緯は不明だとのこと。
ただ、この祠の隣にあった家には古くからヘビが棲んでいると言われ、それがひとつの要因となって、白龍さんを祀るようになったらしい、と。

このヘビは、普段は天井裏に棲んでいたのだけれども、夏場の暑い時期には、東隣にある源光寺に移動していたらしい。4月から5月ごろになると、きまったように、この家の物干し場で脱皮を繰り返していたそうです。
また、家のなかにも、ときどきは出現していたとか。
ヘビが出入りする家は、縁起がいいと言われているし、ヘビが脱皮した皮も縁起がいいとされているから、希望者にはその皮をわけていたといいます。
白龍さんの祠のまえには、ヘビが好むという酒や卵、水などが供えられています。
とまあ、ここの白龍さんは、地域の守り神のようにして祀られているのだけれども、すぐそばの交差点付近はむかしから交通量の多いところだったし、市電も走っていたし、交通の守り神とも見なされていたということです。交通事故が続出すると、白龍さんが怒っている!となるわけです。

そういう白龍さんと白龍さんの棲む銀杏だから、これは邪魔だからといって、容易に伐ることなどできません。やむなく枝の伐採が行なわれたときは、豊崎神社の宮司さんを招いてお祓いをしてもらい、お神酒を供え、みんなで拝んでから、植木屋さんに枝を切ってもらったらしいです。

白龍大神

これもまた、ミイサン伝説のヴァージョン違いですな。




白龍大神
大阪市北区中崎西1-9
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