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1.17、震災の日、誕生日に思う - 今年も邂逅を繰り返していく
1.17。
今年もまたこの日がやって来る。
あのときも、今晩のように風が冷たかったですね。

1.17については、昨年のこの日、思いの丈のすべてを書き切ったので、今年はもうおなじことは書きません。
昨年のエントリーは、こちら。

「あれから15年。震災の日、誕生日に思う。」


昨年の今ごろ、NHKでドラマ「その街のこども」が放映されました。
これがいいドラマでね。

脚本の渡辺あや、主演の森山未來、佐藤江梨子ら、実際に震災を体験しているキャスト&スタッフが多く参加し、震災時に子どもだった人たちと、復興した神戸で暮らす人々の現在を描いた作品です。

ストーリーを公式サイトから抜粋します。

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こどものころに震災を体験し、今は東京で暮らす勇治(森山未來)と美夏(佐藤江梨子)。彼らは「追悼のつどい」が行なわれる前日に神戸で偶然知り合い、震災15年目の朝を迎えるまでの時間を、共に過ごすことになる。震災が残した心の傷に向き合うため、今年こそ「追悼のつどい」に参加すると心に決めていた美夏に対し、出張の途中に、なんとなく、神戸に降り立っただけだと言い張る勇治。まったく異なる震災体験をしたふたりの間には、大きな溝が広がっているように見えたしかし、ある場所に差し掛かったとき、美夏は勇治が長年抱え込んできた過去を垣間見ることになる。復興を遂げた真夜中の神戸の街を背に、これまで語ることのできなかったふたりの想いが、不器用に溢れ出そうとしていた。。。。

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この作品のいいところは、
こどものころに体験した震災というものにあらためて向き合おうとする、現在進行形の若者にスポットが当たっていたことです。
傷が癒えていないとか、そういうことじゃない。傷と共存し、なおかつ前に向いていこうとする、その格闘の姿です。淡々とではあるけれども、その描かれかたが、とてもよかった。

震災が発生した時刻、5時46分に東遊園地で行なわれたキャンドル・ナイトに向かうところがラストシーンで、ここが感動的によかったですね。ドラマチックではないけれども、込み上げてくるものが抑えられなくて、涙が出たな。大友良英さんの音楽もすごくよくて、大友良英さん自身がtwitterで、感動した!ってつぶやいてて。。。

このドラマは大反響を呼んで、再編集して秋に映画館で封切られたから、見た人も多いと思います。
今、東京でやってますね。

夜の三宮と御影を往復するこのロードムービーは、言うまでもなく、夜の神戸の町並みをそのまんま映し出してます。

夜の神戸。
震災からこっち、神戸といえば、夜のイメージしかない。

かつての相方と、知り合いの人たちを迎えに行ったとき、昼すぎに大阪を出たのに、神戸に着いたのは真っ暗な夜でした。
そこで知り合った長田の人たち、ウチナンチューや在日コリアンの人たちと仮設を掃除したり家具を運び込んだりしたのも、どういうわけか夜だった。
ソウルフラワーの別働隊、モノノケサミットが長田神社で演奏会をやったのも、篝火をたいた夜でした。
月が出ていたり、雪が舞っていたり…。
そのあと、オジィやオバァを連れてルミナリエに行くようになったけれども、これももちろん、夜。

そう、夜のイメージが濃厚にあって、かつ、夜に出会った人たちとの

同世代の若い連中のあいだで、その狭い世界で、エラそうな跳ねっ返りのガキが、どういうわけかオジィやオバァと触れ合うようになって、共通言語を強制的に変更させられて、触れ合うってことはどういうようなことなのかというような、根源的なことを考えざるを得ない場面が、たくさんありました。

見た世界、聴いた音楽、読んだ本…、憧れやら共感やらで影響を強く受けてきて自分自身のアイデンティティをつくってきたのが、そこがはっきりとした区切りではないけれども、震災以降は、邂逅やわかれがそのままダイレクトに自分を構成するものになっていったように思います。
あのあたりからこっち、頭で考えるということは、あんまりしなくなったなあ。
出会い、わかれ、邂逅と離散を繰り返していくなかで、そのことで自分が勝手に変わっていく。その変化に身を任せる。なにをどうしたところで、行きたいところにしか行かないのだから、縁を大切にして、その縁によって自分が勝手に変化していけばそれでいい、と、僕は思うようになりました。

そうやって、僕は、いろんな邂逅を繰り返してきました。
今年もまた、邂逅を繰り返していく。邂逅のなかで、ドキドキしたり、戸惑ったり、破顔一笑になったり、浮かれたり調子に乗ったり、泣いたり怒ったり…、ときどきに表出する現象を大切にしながら、今年もまた、いろんなものを噛みしめて、歩いていきます。


そして今晩、やっぱり、「満月の夕」を聴こう。5分15秒の、僕の黙祷。
45歳になりました☆




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