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中之島にある大阪通商会社・為替会社の跡碑は、日本の株式会社の先駆けなので、もちょっと着飾ってやってほしい
大阪通商会社・為替会社 跡碑


NHK大河「龍馬伝」が年末に終了して、そのあと、「坂の上の雲」第2部が年末に控えているから、しばらくは幕末→明治維新のブームは続くんでしょうな。

「坂の上の雲」も3年連続で年末に放送して完結させるという気の長いドラマになってますが、明治の若い時代の群像劇なんでおもしろいし、楽しみにしてますねん(笑)

昨年放送された第1部でもちょいちょい触れられていたんだけれども、明治政府というのは、できたのはいいものの、お金をそんなに持っていない、貧乏政府だったんですね。
お金はないけれども、列強外国からの侵略を許さず世界に追いつくために樹立された政府なんで、インフラの整備から商工業の育成から金融システムの確立から軍事まで、なにからなにまで、急ピッチで手をつけねばならず、やることなすことウルトラCの連続というか、革命的な所業の連続だったといいますね。

明治2年、中之島に大阪通商会社というもんが、政府主導で設立されます。
貨幣の改革を見てみると、こんなのがあります。
金と銀の相対比率が変動することで発生する不正の温床を断つために、銀目(銀建て)を廃止します。このせいで、銀建てメインで取引していた豪商の一部は、大打撃を食らいます。翌日から銀札が紙くずになるんだからね。
革命政府ができたせいで経済がメチャクチャで、豪商は新政府の御用金を強制的に負担させられるし、大名貸ししてたぶんは不良債権化するし、大名の世から平民の世になったのにもかかわらず、豪商が食らった打撃は計り知れんもんがあります。

が、しかし、政府としては、商業を育てていかなければならんわけで、商業振興のための政府機関として、通商司大阪支署というもんを設置します。
この通商司の下に、通商会社と為替会社の2社を設置し、前者は商業振興や国内諸商品売買の仲介・外国貿易を統括し、後者では預金・紙幣発行・資金貸出・為替・洋銀・両替などの金融業務を行うこととしたのでした。これが、明治2年のこと。

ただ、発足したからといって、いい商売があるわけでもなく、通商会社は頓挫。わずか4年後の明治6年には営業の一切を、為替会社に譲渡してしまいます。
見事なドタバタ劇ですが、ビルト&スクラップは、勇気を持ってスクラップできるかどうかにかかっているわけで、今の行政みたいに、一度決めたらなにがあっても完遂させるといったわけのわからん論理で推し進められるものよりも、よほどいい。

んで、為替会社は貸し付けを行なうわけですが、メインのお客さんだった通商会社がなくなっちゃったもんだから、他にも貸し付けを行ないまくるのは当然のこと、為替札として、金券・銀券を発行します。
日本銀行だけが紙幣発行を行う現在とはちがって、当時はさまざまなところがさまざまな紙幣を発行していたので、非常にややこしかったんじゃないでしょうかね。
が、しかし、これも明治7年には利益をあげることなく解散したのでした。貸付金の回収が滞ったのが原因だったので、不良債権が多数あったってことだけれども、やっぱ、与信が難しかったんでしょうな。

というわけで、通商司そのものは成功とはいいがたい事業だったんだけれども、後世に大きな種を残しましたですな。

通商司に加入するのに、加入に制限がなく、それぞれが差し出した身元金に対し、月一歩(1%)の利息と利益配当が受けられ、株券譲渡も自由だったので、これはもう、株式会社形態の先駆けだったのですね。
さらに為替会社にいたっては、のちの民間銀行設立に向けて大きな役割を果たすことになるので、後年から眺めた場合、あながち不成功で片付けられるものではないですな。

「銀行」や「株式会社」といった新しい社会の仕組みが、この時代、まさにできつつあり、そのモニュメントとして、大阪通商会社・為替会社の跡碑が中之島公会堂の南側にひっそりとあるのだけれども、この跡碑は、もっと着飾っていいと思います。





大阪通商会社・為替会社 跡碑
大阪市北区中之島1-1 中央公会堂南側
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この記事のコメント
はじめまして。
僕は大阪の曽根崎のほうで店をやっているのですが
暇なときにこうして人のブログをみにいくのですが
パンク、というのに反応しました。

ええ年なんですがパンクが大好きで
今もライブには参戦してます。
店があるので日曜しかいけなくなりましたが。
ほんま僕の青春です。いまも。

たまたまここをみつけて北区。というのもあり
嬉しくなって書き込みさせていただいてます。

ずっとこの北区に住んでるので。

とりあえずまたみにきます。



| ビリケン | 2010/10/23 7:58 PM |
この記事のコメント
> ビリケンさん

僕のブログにパンクは滅多なことでは登場しないですが、パンクは好きです☆

おたがい、北区で頑張りませう。
こんなお座敷ですが、ご訪問、ありがとうございました☆

| ルイス | 2010/10/23 9:21 PM |
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