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長柄の名代官、松野登十郎について
光明寺


お代官といえば、権力を笠に着て悪徳商人から賄賂をとり放題、民衆を虐げる、

江戸時代の藩政をつぶさに記した本を読んでいると、お代官というのは、年貢の収納や民政全般の支配を主君に代わって司る役職で、優秀な家臣が起用されたらしいです。徴税と民政を引き受けるんだから、統治の要みたいなポストだし、たしかに、ボンクラでは無理ですな。

もし民衆の不満が爆発して一揆にでもなると、統治する藩が幕府から失政の烙印を押されて、領地没収、お取り潰しの憂き目に遭うので、よほどの人物をこのポストに置かないと、藩政がまわっていきません。

お代官といえば権力を笠に着てやりたい放題の悪代官のイメージが強いけれども、これは水戸黄門のような時代劇がつくりあげたイメージで、実際は、そんなわけだから、頭脳明晰、人物優秀、清廉潔癖な人物が勤めるポストだったようです。もっとも、徴税を仕事とするのだから、どうしたって憎まれ役にはなるだろうけれども。

さて、江戸時代の大坂には、名代官と呼ばれた松野登十郎が、かつての南長柄、今の長柄中にいました。
1777年(安永6年)、第8代将軍徳川吉宗の次男である田安宗武が創設した名家、松野家に生まれます。代々、勘定組頭(藩の財政部門のトップ)に就いてきた、名家です。ちなみにこれは、江戸の話。

登十郎もまた、経理に明るく気骨のある人物で、経理部門を順調に出世していきます。

ただ、1820年(文政3年)、登十郎は、突然、大坂は南長柄の田安家領地の代官を命じられるわけです。
地方行政の停滞と腐敗を招かぬために、代官を数年で交代させるケースは多いんだけれども、藩の財政の中心にいる人物を地方に派遣するのは、この頃、異例の人事です。

文政年間といえば、11代将軍徳川家斉が贅沢に溺れたために幕府財政が窮迫し、いわゆる「文政の改革」で乗り 切ろうとした時代です。
改革の目玉は緊縮財政と年貢増加。今でいうところの、無駄の削減と増税ですな。
たとえば、南長柄では、登十郎の着任直前に、170石の年貢が検地のやり直しで223石に増額されています。3割増しの増税。農民のストレスは爆発寸前のところで、登十郎が赴任です。

そこでまず、登十郎はできるだけ農民保護の政策をとり、賦役(公共事業のため強制的に割り当てる労働)を免じ、病弱者家庭を援助するなど、融和と福祉を進めます。
が、天運が彼に味方しなかった。
この年、南長柄一帯を飢饉が襲います。田植えのころからまったく雨が降らず、夏は冷夏、秋は長雨に次ぐ長雨で淀川の堤防が切れ、凶作のうえに田畑が水没してしまいます。

さすがにこれではしんどい、と窮状を見かねた登十郎は、田安家に使者を立て、惨状を訴えて年貢の軽減と一部免除を願い出ます。
しかし、田安家も幕府に厳しい増税を課せられており、年貢は一粒も負けてはならぬとの返書。登十郎も直情的な性格なので、先君の名を汚すつもりか!などと過ぎた諫言までしてしまったために、重臣たちが激怒、そのまま査問委員会送りですよ。

最後は年貢軽減の上申書を提出し、代官屋敷で切腹。
「死に臨みて容儀端厳、一糸一毫たりとも乱れず」と残しているので、死を賭して訴える、切腹の作法に正しく則った切腹でした。

松野家は主君に逆らう不埒な家として潰されてしまうのですが、南長柄の村民たちは、彼を義人と讃え、亡骸を光明寺に葬りました。
切腹に用いた刀は、江戸時代の名工、井上真改の手による業物で、「黒鞘に金銀の松葉散りばめたるまさに登十郎の魂」と記された逸品だとのことだけれども、第2次大戦の空襲で焼失したのだとか。ただ、「唯明院義了信士」との戒名を刻んだ墓碑は現存します。


長柄の淀川ベリに、光明寺というお寺さんがあって、今でこそ近代的な墓地経営をメインに事業展開しているお寺さんみたいになっているけれども、このお寺さんには、そんな松野登十郎が眠っています。

それにしても…、現在のたたずまいは、どっかの新手の教団みたい…。





光明寺
大阪市北区長柄西2-12-5
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