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造幣博物館へ行き、造幣局が単なる貨幣鋳造工場ではなく、新技術の一大センターやった歴史を持つことを知る。(画像26枚付き)
えと、まずはお知らせ。
昨日、夕方にイレギュラーで1本エントリーしました。お見逃しなく。

「NHKよりももっと神聖かまってちゃん!」


では、本題。

造幣博物館


造幣局にある造幣博物館に行ってきました。
去年だったかリニューアルしたときに行こうとしたんですが、そんときはすでに予約でいっぱいで1ヶ月先まで埋まってるとかで、断念。
で、つい先日、思い立って飛び込みで行ってみたら、普通に入れてくれました☆
今は、特に予約とかはしなくてもいいそうです。

造幣局は、1871年(明治4年)開業です。

江戸の元禄以降、幕府は財政が苦しくなると貨幣を改鋳して差益を稼ぐようになり、その場を凌いでました。これ、ほとんど偽札造りとおんなじなんで、これを体制ぐるみでやったもんやから、貨幣経済が極端に乱れるのは、あたりまえですわ。
それでも国内でグルグルまわしてるあいだはまだマシですが、開国で外国貨幣と交換するようになると、金、銀の含有率がマチマチの貨幣が出まわってるわけですから、計算がややこしくして仕方ありません。で、外国人から、なんとかしてくれ!と。通商条約結んでるんだから、いろいろ言われますわな。

これが、造幣局ができるバックボーンです。
というか、当時は藩札なんかもあったやろうし、各藩がめいめいで独自通貨を流通させていたので、統一させねばなりません。でないと、国としての体を成しまへん。中央集権国家にせんと、諸外国から食いもんにされてしまうという危機感もあったわけです。

で、造幣局設置と相成るわけですが、これは、明治政府の最初の政策やったらしいです。難波、中之島も候補に挙がったんですが、水運と景色がいい(!)ということで、天満にあった旧幕府御破損奉行所材木置場跡が選ばれて、1867年(明治元年)、洋式設備による造幣工場の建設に着手します。

設計は、イギリス人技師のウォートルス(アイルランド人と表記されることもあるけれども、この時代、アイルランドはイギリスに併合されていたんで、それを根拠にイギリス人と称されているんだと思います。ちなみに、ウォールトスという名前は、れっきとしたアイルランド系)。泉布観も彼の設計です。
当時はまだレンガを造る工場がなかったんで、堺東湊に新たに炉を築いてレンガを製造し、海からそれを運んだんやそうです。
必死こいて西洋文明を根こそぎ取り入れようとしていた時代の賜物ですな。

そうして、造幣局の建物は、1870年(明治3年)に完成。
工場のなかに設置するプラント、鋳造機などは、イギリスの香港造幣局の出物を買い付け、香港造幣局局長を招いて技術指導も受けてます。こんとき、鋳造機の買い付けに大活躍したんが、五代友厚です。

開業当時の様子を描いたものが、博物館にありました。

造幣博物館



ジオラマもありました☆
最近、あちこちでジオラマを見ているせいもあって、なんか、ジオラマが好きになってきた(笑)

造幣博物館

造幣博物館


1871年(明治4年)2月15日の開業式には、右大臣三条実美、参議大隈重信をはじめ各国大使が列席してます。明治政府の実力を国内外に見せつける狙いがあったんでしょうね。大川べりを紅提灯で飾り、花火を打ち上げ、横浜や神戸からコックを動員して西洋料理で歓待します。翌日からの3日間は一般にも開放されて、参観者が多数押しかけ、エラいこと賑わったんやそうです。

この年、新貨条例が公布され、1円金貨と20円金貨が新たに発行されて、2円、5円、10円金貨と併せて5種を本位貨幣とします。さらに、5銭、10銭、20銭、50銭の銀貨、1厘、5厘、1銭の銅貨を補助貨幣と定めます。硬貨12種です。結構、細かく分けてます。

ビックリなのは、造幣局では、明治後期から大正時代にかけて、韓国やロシアの貨幣造幣を請負ってることですわ。自国の貨幣造幣を他国に委託する例は今でもときどき耳にするけれども、造幣をスタートさせて30年やそこらで他国の造幣を請け負うって、技術的躍進と国際社会における政治経済の存在感の増しかたがすごすぎます。第一、ロシアなんて、すでに敵性国家だったんじゃないのか?

第1次大戦後には工場が拡張されて、年間鋳造高5億枚の能力を持つようになり、世界有数の造幣局となってます。

これ、工場内のようです。これまたジオラマ(笑)

造幣博物館


金属を延ばしてます。

造幣博物館


刻印が終わって、袋に詰めてるところ?
見張り役の人がいてますね。

造幣博物館


大阪における造幣局の位置づけというのはなかなか重要で、たとえば造幣局では金銀地金を分析精製するために硫酸製造所がつくられるのだけれども、この技術はのちに民間に伝えられ、1879年(明治12年)には日本初の大阪硫酸製造会社が設立されたりします。

さらに、ソーダ、ガス、コークスを製造したり、反射炉を設けて銅を溶解する技術を外国人から学んで取り入れたりしていたので、その技術も、のちに民間に伝えられます。
1881年(明治14年)に設立された大阪製銅会社は、造幣局の雇っていた外国人から指導を受けて溶解炉をつくっています。
また、ガス溶解炉の余ったガスで、局の内外に660余のガス灯を設置したのは有名な話ですな。

まだまだあります。
造幣局の煙突にレンガ使われたことから、これにヒントを得たガラス業者がレンガで炉を築き、石炭を燃やしてガラスの原料を溶かす方法を考え出し、ガラス工業を前進させるキッカケとなってます。

技術面だけではないです。
当時の大阪の港だった川口から造幣局まで物資を運ぶために、堂島川沿いにレールを敷き、馬車鉄道を走らせたりしてます。
複式簿記を採用したのも、造幣局が市内では初。
インクを製造して各官庁や学校に配り、インク使用のきっかけをつくったのも造幣局。
教育面でもいろいろとやっていて、日進学会という機関をつくって、英語や物理などを教え、断髪、廃刀、洋服の着用を率先して行ない、新たなライフスタイルの提案まで行なってます。

なんちゅーか、単なる貨幣鋳造工場ではなく、新技術の一大センターであり、新しいライフスタイルの発信元でもあったのが大阪の造幣局で、近代化の灯りというか、シンボル的な存在だったことがわかります。



以下、造幣博物館で見てきたもの〜。

まずは、500円玉の鋳造過程ですね。


このカタマリから、はじまります。

造幣博物館


延ばして、シート状にします。

造幣博物館


面を削って、キレイにしていきます。

造幣博物館


さらにキレイに仕上げます。

造幣博物館


シートから円形に打ち抜きます。打ち抜かれた残りのシート、ほしい(笑)

造幣博物館


円形の円周に縁をつけて、ちょっと盛り上げます。

造幣博物館


洗浄して、キレイにします。

造幣博物館


刻印です☆これがあって初めて硬貨ですよね!

造幣博物館


こういう原型を刻印機にとりつけて、縮形させて刻印します。

造幣博物館


刻印済みの500円玉〜。これ、普通に現金やん!
検査してるんじゃなくて、ルーペでホログラムを見ることができるようになってます。
ま、自分で持ってる500円玉で見ればいいことですが(笑)

造幣博物館


袋詰め。袋留めのバンドの色で、なんの硬貨が入っているのか区別できるようになってます。財務省にでも持っていくんでしょうか?あ、日銀か。

造幣博物館





続いて、世界の珍しいかたちをした硬貨。
僕、ハート型したレコードとかは持ってますけど、硬貨もたいがいですな(笑)パズルになってる硬貨って…。符牒の役割まで果たしてたりして(笑)


造幣博物館

造幣博物館

造幣博物館

造幣博物館





その他いろいろ。


博物館の入口にあったのは、明治9年製の大時計。
無骨な感じの、なかなか男前な時計ですな。

造幣博物館



天秤。これも無骨な感じがグッと来ます。ほしいっ(笑)

造幣博物館


1868年(明治元年)、当時の大阪府知事であった後藤象二郎が、大阪城内に動物園をつくるためにイギリスから鉄柵を輸入するのだけれども、動物園設立の計画そのものが、あえなく頓挫します。で、それを聞きつけた造幣局が、造幣局の取り締まりに必要不可欠であり、また威厳保持のためにこれを譲り受けたいと懇願し、井上馨の口利きでもらい受けます。
ほいで、無事に鉄柵を張り巡らせ、その後1973年(明治5年)に明治天皇が視察に訪れるんですね。そんときに造幣局の地に第1歩を踏まれたのが、この「欽明門」ですわ。

造幣博物館


造幣局の外にあった、日時計。影が指してないので、日時計の役割を果たしてません(笑)

造幣博物館




いや〜、なかなか見どころがたくさんあって、造幣博物館はおもろいです。
やっぱ、おカネにまつわることは、興味深いことが多いですわ。
ちなみに造幣局は予約制で工場見学も受け付けているみたいなので、また機会があれば行ってみたいです。





造幣博物館

大阪市北区天満1-1-79(造幣局構内)
tel. 06-6351-8509
HP http://www.mint.go.jp
map



                      

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