大阪市の北区をグルグル巡るブログ | 大阪市の北区メインでいろいろ仕事をしてます。仕事場も住んでるところも大阪市北区なので、北区をグルグル巡って、目にしたもん耳にしたもん感じたもんを、つらつらと書いています。

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weekly video list 2010
アルバムジャケットをクリックすると、YouTubeの動画がはじまります。

YouTubeから引っぱってきているので、元サイトでファイルが削除されたら、試聴できなくなります。そんときはゴメンね☆


2010.1 vol.1
Theatre Brook『A Whole Lotta Love』
シアターブルック
サトウタイジは淡路出身だが、にわかには信じられないほど、ボンバーで黒人チックな風貌をしている。がしかし、粘っこいファンク一辺倒かと思いきや、心地いいギターのカッティングをときおり偲ばせてくる。根っこには日本の、淡路の大地に根を張っているのだなということが垣間見えて、そこがよかったりする。



2010.1 vol.2
Humbert Humbert『喪に服すとき』
ハンバートハンバート
以前、高田渡の「生活の柄」をカバーしているのを聴いたことがあって、それがまた高田渡とはまったく違う風景を現出させる凛としたもので、ちょっと気になる存在だった。アイリッシュの衣装を纏っているので、そこにごまかされがちだけれども、このバンドの本質は、フィドルでもリールでもなく、2人のボーカルの声質や歌いかたにあるのだと思っている。小さくではあるけれども、遠くの人に、人の心の深いところに届けようとする志を、とても感じるので。



2010.1 vol.3
Date Course Pentagon Royal Garden『Hey JOE』
DCPRG
ジミヘンの「ヘイ ジョー」がクラブで踊れるということを証明した怒濤の演奏。けったいな変拍子でものすごくのりにくいリズムで再構築しながらも、後半のグルーヴは圧巻のひとことで、とんでもないことになってます!ちなみにこのライブ、僕、現場にいてました☆



2010.1 vol.4
フィッシュマンズ+UA『ナイト・クルージング』
UA
フィッシュマンズの佐藤クンの遺志を、もっとも本質深くまで受け継いでいるのはUAだと思う。一見すると、両者はとても違う。違うけれども、佐藤クンが表現しようとしていた空気感やタイム感を、UAが一番理解している。表に出てくるものは違えども、この両者は本質的にはおなじものを抱えているのだな、と感じずにはいられない、感動的なカバー。



2010.2 vol.1
Garactic『mountain Jam 2008』
ギャラクティック
ジャムバンドを定義するのは難しいのだけれども、たとえば、ギャラクティックをジャムバンドと呼ぶのに、異論はまったくない。ミーターズ直系のニューオリンズ・ファンクがどうとか圧倒的なスキルがどうとかといったことではなく、なにもないところからグルーヴを生み出し、いつのまにか老若男女の身体と心をブンブン揺らすのだから、それをジャムバンドと呼ばずして、なんとするか。



2010.2 vol.2
マダムギター『サラリーマンのうた』
マダムギター
マダムギターこと長見順さんは、とてつもなくカッコいいのに、野心的に活動してくださらないので、いつライブがあるのか、アルバムが出る予定があるのか、そういえば最近はどんなところでどんなことをしているんだろうといった諸々のことが、いつもいつもいつも、さっぱりわかりません。
でも、ときどき思い出したようにハデに雀躍されるので、じらされてじらされて、ガマン汁でヌルヌルにされた末に、どでかい大砲を弾が枯れるまでぶっ放された気分になります。
そう、マダムギターは、超絶テクニシャンで床上手でSの女王さまで、僕はもう長いこと骨抜きにされっぱなしです。
艶のないブルーズなんぞ、退屈でつまらん演歌と同義です。
ニッポンの青少年は、すべからく、マダムギターに筆おろししていただくべきだと、僕は強く思います!




2010.2 vol.3
Boukman Eksperyans『Kalfou Danjere』
Boukman Eksperyans
ハイチの大地震があってからこっち、ブークマン・エクスペリアンスやブッカン・ギネの安否が定かでない。非戦音楽人同盟が必死になって情報収集しているけれども、なにやら情報が錯綜していて、よくわからない。心配だ。ハイチの音楽といえばメレンゲということになるけれども、90年代、ブークマンらの登場によって、とんでもないポリリズムを持った熱いリズム・ミュージックがあるのだということを知って、当時、かーなり夢中になりました。アフリカの種がカリブの熱風に晒されて、この地でのポリリズムは、きわめて高度に発展している。このリズムは、人類の宝だと思うな。



2010.2 vol.4
Sharon Shannon『Mouth of the Tobique 』
sharon shannon
僕にアイリッシュへの蒙を開いてくれたシャロン・シャノン。軽やかに響く彼女が操るアコーディオンは、アイリッシュ・トラッドだけでなく、アコーディオンという楽器のイメージさえ、一変させてくれた。ドーナルあたりが懸命にアイリッシュ・ルネサンスを模索するなか、鮮やかに国境を越え、アイリッシュを一気にコンテンポラリーなものにしたこの曲は、21世紀を予感させた20世紀の金字塔として、記憶されるべき☆ 未来は、過去に眠っている。コンテンポラリーはルーツのなかにある。



2010.3 vol.1
浜田真理子『のこされし者のうた』
浜田真理子
2000年あたりの前後のどっか、浜田真理子は忽然と、それもまったく予想だにしなかった角度からシーンに登場して、僕らの心を瞬時に鷲掴みにした。色恋を歌う女性アーティストは星の屑ほどいるけれども、色恋についてまわるヘビやトカゲの感情を、ここまで神々しく表現できるアーティストなど、どこにもいない。島根は松江をベースに、今もOLをしながら活動している彼女は、音楽を商売のベースにしていない。それでいて、この凄み!これ聴いてると、表現を生業とすることの根本的な是非を問われているような気がするな。



2010.3 vol.2
吾妻光良&スウィンギン・バッパーズ『ROCK鳴缶〜T・TOWN BLUES〜ほんじゃね』
吾妻光良&スウィンギン・バッパーズ
日本のブルーズギタリストといえば、まずもって憂歌団の内田勘太郎の名前が真っ先に挙がるのだけれども、個人的には、バッパーズの吾妻さんこそが日本最高だと僕は思っている。でも、吾妻さんをはじめとするスウィンギン・バッパーズは12人もメンバーがいるくせに、30年もやってるくせに、ほぼ全員がフルタイムのバンドマンじゃなくて、他に仕事を持っているために、滅多にライブをやってくれない。レコードも、忘れ切ったころに、なんの予告もなくひっそりと出る。大阪に住む僕には、彼らのライブを見ることなど絶望的で、まさかYouTubeに彼の動いている姿がアップされているとは、思いもよらなんだ。相変わらずの落ち武者ぶりは尊敬に値するが、ある筋からの情報によると、ギターのネックを噛むという、わけのわからん技も最近は使うらしい…。本人曰く、ジミヘンがギターを歯で弾いたのに対抗したらしい(笑)まあ、とにかく、サイコーにカッコいいオッサンですわ☆



2010.3 vol.3
HONZI『ひこうき』
HONZI『ひこうき』
バンドやミュージシャンがもっともスリリングな変化を遂げようとするとき、そこにはきっとHONZIさんがいたように思う。フリッパーズ・ギターしかり、フィッシュマンズしかり、UAしかり。でっかいジャンプを飛ぼうとするとき、みんな、HONZIさんを必要とした。HONZIさんは、そういう、ナチュラルなバイアスをかけられる人だった。
この曲は、ご存知、フィッシュマンズのカバー。天逝したフィッシュマンズの佐藤クンの遺志を継いだHONZIさんも、もはやこの世にはいない。神さまは、どうしてこうも次々と、美しい音楽を奏でる人を召されるのだろうか?




2010.3 vol.4
友部正人&どんと『ぼくは君を探しにきたんだ』

見ると一目瞭然だけれども、フォークシンガーの友部正人にはロック的な資質があって、ロケンローラーのどんとにはフォーク的な叙情が宿っている。凛とした空気と極彩色のサイケが同居しているさまが不思議でしょうがないけれども、このふたり、とても似合ってる。友部正人のその佇まいからは、この人は長く芸能に携わりながらもなにも失っていないのだな、ということが伺える。どんとは、友部正人が失っていないものを求めて、あの世に旅立ってしまった。そんなふたりの、奇跡のジョイント。ラスト、どんとのピッキングがとってもステキ☆



2010.3 vol.5
上々颱風『いつでも誰かが』

ボーカルの映美ちゃん郷子さんのコンビじゃなくて、バンマスの紅龍がボーカルをとる、珍しいパフォーマンス。紅龍さん、三線すら持たずに手ぶら。でも、いい声してるな。上々颱風には普遍的に広く受け入れられる名曲が多いのだけれども(この曲も、ジブリ映画の主題歌だったような…)、それは、ファインアートやパンクの気質を持っていた紅龍が、腹をくくって、芸能の世界に降りてきたからだろう。あえてここは、降りてきた、と書いておく。要するに、人の脳天に一撃を食らわすのではなく、泣きや笑いや酒や祭りのなかで自分はまみれていくだけだ、という態度表明だったのだと思う。
ここまでくるのに時間がかかった。デビューこそ第3世界文化の集積地であるフランスだったが、20年経った今は、どっしりと地に足をつけている。紅龍の腹のくくりかたがハンパではなかった、ということだ。




2010.4 vol.1
神聖かまってちゃん『ロックンロールは鳴り止まないっ』

RCサクセション、じゃがたら、ミュートビート、ブルーハーツ、フリッパーズ・ギター、ソウルフラワー・ユニオン、ボ・ガンボス、サニーデイサービス、フィッシュマンズ、ブランキー、ミッシェル・ガン、シアターブルック、ギターウルフ、銀杏ボーイズ、ミドリ。つい1週間前に初めて神聖かまってちゃんを聴いたとき、一瞬で、この系譜を継いでると確信した。あらゆる感覚のなかで、痛みだけは、いつだって圧倒的に正しい感覚なのだ。
これからの10年を高らかに鳴らす、ロックンロールの純潔。2010年、ロックンロールの現在地は、このバンドが奏でるファンファーレのなかにある。の子、そのまままっすぐに行け!




2010.4 vol.2
ムッシュかまやつ『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』

オヤジがやるから大人のロックなんかじゃないんだぜ。そんなものは、単なる懐メロだ。懐メロは、ロックとは正反対の音楽だ。拒むべきものを拒み、まっさらでピカピカの純潔であろうとする態度表明。それが、ロックだ。そういう態度表明は、タイトでヒップなビートを刻むにきまってる。繰り返す。オヤジがむかしを懐かしんでやるのは、ロックでもなんでもない。ロックとは正反対の懐メロだ。演歌だ。ムッシュを聴いていると、数多のオヤジのやってる音楽が単なる懐メロだということが、よーくわかる。



2010.4 vol.3
シカラムータ『ある道化師の週末』

無国籍ミュージックなんていうのは、情報洪水が日常の都市でしか発生しない類いの音楽で、日本では、ハッピーエンドやムーンライダーズが、都会のクールというフィルターを通して、優れた作品を残している。そう、土着ではゆえの都市の無国籍さは、クールという批評を通過したものでないと、成立し得ない。
成立し得ないと思っていたので、シカラムータを初めて聴いたときには、ひっくり返りそうになった。ツイン・チューバというわけのわからん楽器構成もさることながら、クールという批評フィルターがスッポリと抜け落ちていて、なにやら熱いのだ。無邪気というわけではない。職人的超絶テクニックもあってか、批評空間を泳ぐようなアマチュア根性はなく、プロフェショナルな趣があって、なんなんだこれは、と。長くチンドンをやってきたせいで、批評性よりも、生まれ育ち働き場所でもある都市に土着してしまった音楽に、なってしまっている。そう、なってしまっている、としか言いようがない。
批評というフィルターは、なくなってしまっている。それゆえに熱量があるのだけれども、だからといって無邪気ではない。プロフェショナルに徹することで、都市のクールさは色濃くある。
そういうメカニズムでもって、都市の祝祭空間を現出させる。こんなバンドは、他にはいない。




2010.4 vol.4
矢野顕子『電話線』
矢野顕子
ba.アンソニー・ジャクソン、dr.クリフ・アーモンド、p.矢野顕子。完璧なアンサンブル!このドライブ感!グルーヴの洪水!最高にセクシーで最高にスリリングで最高にオリジナル!鳥肌が立つ。筆舌、まったく尽くせない。身体ごと、持っていかれる。1:21から以降、人類が到達できる最良の音空間が無限にひろがってる。なにを悪魔に売り渡したら、こんな高みに達することができるのか?純粋に、混じり気なしの、天才。天才のなかの天才!音楽神!ジミヘン!



2010.5 vol.1
古謝美佐子『童神 - warabikami - 』
古謝美佐子
沖縄が燃えている。twitter経由で、メーリングリスト経由で、普天間をどうする、辺野古をどうする、徳之島を、キャンプシュワブをどうする、といった問いが投げかけられている。
ここで政治を語る気はないので言及しないけれども、代わりに、古謝美佐子さんの歌を紹介しておきたい。
つまらない問いではあるけれども、現存する日本最高のシンガーをひとりだけ挙げろと言われたら、僕は、迷いに迷った末に、沖縄の古謝美佐子さんの名を挙げる。
彼女の歌い様をして、癒しと表現する人は多いけれども、そんなものではない。生命の樹の根っこからコンコンと湧いてくるような、魂の震えだ。唄姫どころではない。唄神。彼女は、すでに森羅万象の一部だとすら言ってもいい。
沖縄はいわずと知れた芸能の神に愛された土地だけれども、生活に根ざした芸能が、昇華され、ここまで神々しいほどの高みに達した例は、そうあるものではない。こうした歌、歌い手が生まれるという事実だけでも、世界の宝として沖縄を守らなければならない理由になっていると、僕は思う。




2010.5 vol.2
ソウルフラワー・ユニオン『辺野古節』
ソウルフラワー・ユニオン
歌は、権力の側にあるのではなく、持たざる者、現世に苦しむ人たちの心のなかにあって、そうであるからこそ、歌は歴史的に彼らのなかで熟成し、醗酵してきた。音楽になにができるのかという問いは愚問の極みで、なぜ歌い、なぜ奏でるのか、を、問うべきなのだ。
沖縄本島の、名護市の外れ、ど田舎の辺野古は、単なるひなびた漁村だ。なにかあるとすれば、浜辺を分断する錆びた鉄条網くらいか。ジュゴンなんて、いないいない。でもこの場所は、現代日本のヘソなのだ。戦争と平和、支配と非支配、貧困と差別、環境問題…、現代の地球が抱えている問題が勢揃いしている。
その場所で、ソウルフラワーの面々が生み、奏でたのは、トラディショナルの風格を纏った深さが染み入る、しみじみとした名曲だった。なぜこの曲だったのか。それを考えるだけでも、意味はある。




2010.6 vol.1
サニーデイサービス『ふたつのハート』
サニーデイサービス
サニーデイサービス再結成のニュースには、久しぶりに心が震えた。ギターやベースの鳴りかた、バンドのタイム感、そして曲そのものが、いちいちセンスがよすぎるバンドだったから、再結成でなにかが色褪せたりすることはまずないだろうということが確信できるからだ。
このバンドは、出す曲出す曲、アルバムに入っている曲という曲すべて、どれもこれも名曲だという、とんでもないバンドだった。どのアルバムも、それだけで世界名作全集のような風格をたたえたアルバムばっかりだった。
サニーデイサービスのおもしろさは、それもあるけれどももうひとつあって、このバンドは、ともすればデビューしてから結成されたところがあるほどデタラメにつくられたバンドで、でも、そっからの成長が凄まじく、その成長の記録がそのままアルバムに透けて見えたという、不思議なバンドだった。
だから、再結成と聞いて、またなにがしかの成長を見せてくれるのか、と、ちょっと浮き浮きしてくるのも事実。とりあえず、色気は増しましたな☆




2010.6 vol.2
Mute Beat with 江戸アケミ『Organ's Melody』
ミュートビート
80年代、日本で信用できる音楽は、ミュートビートとじゃがたらだけだった。ミュートビートは極限までクールでソリッドで、じゃがたらは異形のなまはげのように強烈な違和感をやたらめったらに放ちまくっていた。このふたつのバンドは、一見、正反対のように見えて、そのじつ、そっくりだった。ミュートビートは、削いで削いで削ぎまくった果てに本質に辿り着き、じゃがたらは、ミュートビートが削いだものを重ねに重ね、重ねまくった果てに本質に辿り着いていたように思う。方法論が真逆なだけで、目指す志の地点は、1mmも違っていなかった。そうだったからこそ、ミュートビートとじゃがたらは、よくタッグを組んだ。双方とも、シーンから阻害されていたという共通点を差し引いても、この両者は、とてもよく似ていた。 この映像は、ミュートビートの硬質な演奏に情念をぶつけるかのような叫びでじゃがたらの江戸アケミが応える、なんとも幸福な瞬間が切り取られている。 これ以降、ミュートビートは小玉さんだけが引き継ぎ、アケミちゃんは彼岸へ旅立った。クソみたいだった80年代に、この両者がおなじステージにいた奇跡に立ち会えたのは、僕の宝物だ。



2010.7 vol.1
七尾旅人『Walk On The Wild Side』
七尾旅人
七尾旅人が出てきたとき、単なる時代遅れのフォークシンガーでないことはしっかりと見抜いていて、かといってその後に彼が展開したマッド・サイエンティスト的奇天烈なパフォーマンスも、きっと本質はそこにはないだろ!目くらましには騙されんぞ!と、僕はしっかり見抜いていて、我ながらその審美眼は、僕の数少ない自慢でもある。
じゃあ、七尾の本質はどこにあるのかというと、これはもう、色気に尽きる。
ブルーズをやろうが変態ポップスに傾倒していこうとが叙情詩人を纏おうが、この人の放つ色気が、全部一色に塗り替えてしまう。
最終的に、この色気だけで成立するような、立っているだけでパフォーマンスになるような、そういうところまで行ってほしいと思う。
異論がある人はたくさんいるだろうが、七尾は、トム・ウェイツの正統な後継者だと僕は信じている。異論がある人は、いつか、僕の見立てを信じなかったことを後悔するだろう、と、今ここで言っておく。




2010.7 vol.2
Fania All Stars『Nuestra Cosas (Our Latin Thing)』
fania all stars
ここで紹介するのは、原則として日本人ミュージシャンと決めているのだけれども、なんでかというと、そんだけ日本の音楽の質が高いから。西洋音階を借りながらも、日本でしか生まれえない音楽になっているし、21世紀初頭を生きる僕らのコミュニティ音楽になっているから。
でも、ラテン・ミュージックだけは、まだ日本化は達成されていないと思う。たとえば、カルロス菅野さん一派の活動は敬服するしかないのだとしても、まだ、僕らの生きる世界の憂いまでは表現されていない。僕には、そこが物足りないのだ。
陽気なサルサ?果たして、サルサは陽気なだけの音楽か? 70年代、カリブ各国から流入してきたニューヨリカンたちは、NYの空っ風に吹かれながら、熱量をたっぷり帯びた、陰も陽もある音楽を創りだした。嘆きだけでもない、歓びだけでもない、正義だけでもなければ業だけでもない、ヒトがヒトであることのどうしようもなさを引き受けたうえでなお、半身になりながらも立って居続けようとする音楽を、創りあげた。サルサは、そのまんま、東海岸に移民したカリブの熱風たちの、諦めも希望もなんもかんもがないまぜになった、文字通り、サラダボールのなかの音楽だ。
FANIA ALL STARSを聴いていると、このビートの複雑さ、人生の複雑さは、ひと筋縄ではいかない彼らの生きかたそのものだということが、とても強く伝わってくる。なんせ、タイトルが、「Our Latin Things」だからな。原題は、「Nuestra Cosas」。私たちのこと。





2010.8 vol.1
Spanish Connection『Ritmo』
Spanish Connection
夏の放射をクールダウンさせたいのならボサノヴァはうってつけだけれども、もう少しだけ熱を感じつつ、ゆるやかに体感温度を下げたいのなら、スパニッシュ・コネクションの音楽はうってつけだと思う。
フラメンコをベースにはしているのだけれども、東欧からインド、スペインにいたる道筋のさまざまな音楽的要素が縦横無尽に織り込まれ、ロマンティシズム溢れる祝祭の空間をつくりあげている。
肝になっているのは吉見さんのタブラだが、加奈さんのヴァイオリン、伊藤さんのギターも超絶で、美しさを保ったままでアンサンブルが一糸も乱れないところが、ロマンティシズムをより奥行きのあるものにしている。





2010.10 vol.1
L'ATTIRAIL『Omar en moto』

僕と相方さんの音楽上の共通の好みは数多あるのだけれども、一貫して盛り上がっているのは、バルカン・ミュージック。というか、そもそも、バルカンの映画「黒猫・白猫」で盛り上がったのがきっかけで、今日まで付き合いが続いているのだから、これは因縁が深いのだ。
バルカン・ミュージックの素晴らしいところは、土地柄、ゴッタ煮であることと、ユーモアがあること。生き延びていくのに大変に難儀する民族のなかで育まれたセンスは、目のまえの苦しみを逆転の発想で鮮やかにひっくり返してしまい、笑いに変え、あまつさえ歓びに昇華させてしまうところにある。この転換は呆気にとられるほどで、同時に、僕たちが生き延びていくための大切な伴奏者にもなっている。





2011.1 vol.1
Compagnie Jolie Mome『Réformes abusives pour un avenir incertain』
Compagnie Jolie Mome
フランスのソウルフラワー・ユニオン。このひとことで、すべて通じる。
ジョリモームは、1980年の結成以来、レヒトやジャック・プレヴェールの作品、パリ・コミューンを題材にした戯曲など一貫して貧困、大衆、連帯をテーマにした芝居を演じている。 その彼らのもうひとつの舞台が街頭。通常の路上公演のほか、デモ行進の盛り上げ役とても知られている。 労働者、移民、失業者、路上生活者…。仲間たちが抗議行動を起こすとき、その傍らでジョリモームは彼らのためにつくった歌を歌う。ジョリモームの赤い旗は、今やデモの名物にすらなっている。
歌い継がれるべき強い歌というのは確実にあって、それは、民とともにあり続ける唄であり、土から立ち上る歌であり、けっしてどんなに強い圧力をもってしても消し去ることのできない憤怒の詩でもある。
「名前を明かさず」の歌詞は圧巻だ。

戦艦ポチョムキンの水平たちのために
弾圧された評議会の平和主義者
クラオン(塹壕戦の)謀反兵
サッコとバンゼッティ
ローザ・ルクセンブルグとK.リープクネヒト
1936年のスト参加者
オビエドの炭鉱扶
スペイン内戦の義勇兵
アナーキストの兄弟たちの勇気を讃えて
レジスタンスの兵士
マヌシアンとその22人の仲間たち
レジスタンスの外国人たち闘士たち
シャロンヌ駅で踏み倒されたデモ参加者
1961年10月17日、セーヌに投げ込まれたアルジェリア人
ビクトル・ハラ
1968年の900万人のスト参加者
チェ・ゲバラとそのゲリラ仲間
リバプールの港湾労働者、ソウルの労働者
アメリカの経済政策に苦しむキューバ人民のために
チュニジア人民、モロッコ人民、クルド人
トルコの囚人
アルジェリア人民とカビールの仲間たちのために
アルゼンチン人民、旧ユーゴ人民、チェチェン人民
南北のコリア人民、ルワンダとスーダンの人民
シエラ・レオネ人民、サラウィの民
ブラジルの土地なし農民、ジンバブエの農民
チアパスのインディオ
ムミア・アブ・ジャマル
レオナール・ペルチエ
合衆国の牢獄で処刑されたすべての無実の囚人のために
ナタリー・メニゴとその仲間の政治犯
サン・パピエたち、路上生活者、失業者の闘いのために
ロム セザレ・バッティスティ
コート・ジボワールの人民のために
コンゴ、そしてハイチの人民
イラク人民
パレスチナ人民
そしてイスラエルの平和主義者
その数はまだあまりにも足りないけれども

圧巻の叫びだ。





2011.1 vol.2
‪Jeanne Balibar‬『‪Ne Change Rien‬』
?Jeanne Balibar?
フランスの女優が音楽に取り組む場合、保守に安住せず、果敢に先端的な音楽表現に取り組んでいるケースが多く、女優の余技の域を軽々と超えている人が多い。音楽のセンスがいいとか、存在感を放っているとか、そういうものとは全然違う。
演劇というものは、常に現実の一歩先を行っていて、警鐘を鳴らす役割を担っていると思うのだけれども、きっと、フランスの演劇界には、そうした演劇が本来持っている態度のようなものを、今も残しているのだろう。そういう人たちが音楽をやると、どうしたって先端的になる。
映画「何も変えてはならない」で圧倒的なクールを演じたジャンヌ・バリバールは、ここでも徹頭徹尾クールなバッキングをしたがえて、妖しいボーカルを響きわたらせている。常に、生まれ変わっているか?と、問われている。





2011.1 vol.3
‪仲井戸"CHABO"麗市『‪ガルシアの風‬』
仲井戸
キヨシロー亡きあと、僕にとっての信頼できる大人とは、チャボさんだけになった。
キヨシローとチャボさんが抱えるブルースや照らしているリリシズムに、僕は無条件に共感してきた。無条件にそんなふうに受け入れることができたのは、やっぱ、キヨシローとチャボさんくらいだ。
キヨシローはアウトドア派で、チャボさんはインナー志向。キヨシローは跳躍力がすごくて、チャボさんはどこまでも潜っていこうとする。
というふうに、ふたりは似ているようでいて、そのじつ、いろいろと違うところがあって、それでも大切にしているものはふたりともピタッと重なっていて、そういうふたりが盟友として存在していたところが、RCサクセションという奇跡だったのだと思う。
10代の、自分が何者かになろうとしているまさにそのときにRCと出会って、僕は、ラジカセのボリュームを右にまわし、リピートボタンを何度も何度も押した。タイミングもなにもかもを含めて、人生のなかで一回でもそんなことがあっただけで、僕は、ずいぶんと幸福だと思っている。
そのときからこっち、僕にとって、キヨシローとチャボさんは、ずっと、信頼できる大人であり続けている。
彼らのなにを信頼したり信用したりしているのか、上手く言葉にすることができないのだけれども、たとえば、チャボさんが歌い、奏でる「ガルシアの風」。
ライブではおなじみの、何度も何度も演奏してきたであろうこの曲でのチャボさんは、まるで今日初めて披露するかのように、丁寧に丁寧に、遠くの人にまで伝わるように、演奏する。
歌うタッチ、ギターのタッチ、なにからなにまでが、今日初めて演奏するかのような丁寧さと真剣さが伝わってくる。この、瑞々しいタッチ。
ギタリストのテクニック自慢などではまったくない、素晴らしいタッチ。
チャボさんの演奏からは、年を重ねるごとに、このタッチが増えてきたように感じる。
何度目の演奏であろうとも、とても誠実に、曲と向き合ってる姿が、ものすごく伝わってくる。そのあたりの姿に、僕は、信頼も信用も寄せているんだと思うのだ。

やがて漆黒の闇が訪れたら
盗まれた星たちを取り返しにいこう

そう歌ってるとき、チャボさんは右手で小さな拳を握る。チャボさんの、あの雄々しいかんじが、たまらなく好きだ。





2011.2 vol.1
‪踊ろうマチルダ『踊ろうマチルダ
踊ろうマチルダ
アーティスト名、「踊ろうマチルダ」に心惹かれて、初めて聴いたのが2、3年ほど前のこと。
オーストラリアの古い歌に「Walzting Matilda」というのがあって、トム・ウェイツが一節を引用して歌っている。原曲も好きだし、トム・ウェイツも好きだし、トム・ウェイツが歌うさまも好きで、そんな曲名をアーティスト名にするのは、とてもセンスがいいなあ、と思って。
唯一の荷物をマチルダと呼び、それとともにワルツを踊る。転じて、放浪するという意味になる。「Walzting Matilda」には、そうした洒落た響きと意味があって、ホーボーソングの頂点だと、僕は思っている。メロディが親しみやすいので、僕はときどき、このメロディにお気に入りの詩を乗せて歌っている。
そんな歌をアーティスト名にする彼は、どうやら旅芸人を地で行くアーティストらしい。
バンドの形態をとることもあれば、アコギ一本で単身乗り込むこともあり、さらにはその場かぎりの即席のユニットを組むこともあり、その活動形態は、定型を持たない。アクセスしにくい僻地に現れることも多く、そのあたりが旅芸人たる由縁なのだけれども、彼が歌い奏でる歌もまた、旅や放浪をモチーフにしたものが多い。
ただし、叙情的な心象風景よりは叙事詩的な色彩を帯びているのは、アイリッシュ、ロマ、北欧といった大衆音楽への憧憬があるからで、そのせいで、ギリギリのところで、私小説的な甘ったるさから回避している。
そんな彼の資質が最も色濃く出ているのは、アーティスト名の由来にもなった「踊ろうマチルダ」。歌詞はまったく変えられているし、長年歌っているのにもかかわらず、レコーディングはされていない。きっと、永遠の未完成なのだ。なぜ?それが放浪というものだからだろう。





2011.2 vol.2
‪Remedios Silva Pisa『Naci En Alamo』
Vengo
ガトリフの映画「Vengo」を見たときの奇妙な感覚は、今でもしっかりと覚えている。
アントニオ・カナーレスが出演しているのにもかかわらず、そしてフラメンコが主要なテーマになっているのにもかかわらず、その世界のカリスマであるアントニオ・カナーレスが肢体を揺らすシーンは、遂に現れないのだ。
カレーナスを触媒にして、口悪い言いかたをすると、客寄せのダシにして、ガトリフが伝えたかったのは、フラメンコとイスラム・アフリカの音楽の競演、つまり、塩の道の音楽だ。
中東から地中海の北をまわれば、アンダルシアを走り抜けてジブラルタルの岸壁に立てば、モロッコまで20kmもない。
逆に、地中海を南にまわれば、イスラエルの嘆きの壁を越えてシナイのゲートをくぐると、カイロまでひと晩もない。
生命の礎である塩を運ぶことで、人々は、この線上でディアスポラ(集合離散)を繰り返してきたのだ。
いずれにせよ、インド亜大陸以西から北アフリカの東端までのさまざまな文化を結節させ、変容させていったものの正体は、移動を生業とする者たち抜きには考えられず、さらにその中心にはロマたちがいたのだ。
ガトリフは、「Vengo」をつくることで、そのことを証明してみせたかったのだと思う。 しかし、この映画は、それだけでは終わらせない。ひと筋縄ではいかない謎解きを、最後の最後に用意している。
最後の最後、エンド・クレジットで流れるのは、なんと、イーディッシュの曲だ。
国を失ってヨーロッパ中に離散したユダヤ人は各地にコミュニティをつくって暮らしてきたが、この曲はスペインに移り住んだユダヤ人が話すラディノ語で歌われており、スペインの、フラメンコの、アラブの、ロマのすべての要素を、そこからは聞き取ることができる。
ロマの矢をそこまで貫かせるのか、と、最後の最後、驚嘆したのを覚えている。その意味では、厚かましい映画なのだ。ガトリフの厚かましさが色濃い、素晴らしい映画だと僕は思っている。

ディアスポラは、国を持たない民族の宿痾だとしても、彼らは、さまざまな民族や文化や人を結びつけ、このように豊かな表現を持つにいたった。その一端には、エジプトももちろん含まれている。
エジプト内乱の報に接したとき、エジプトの民や草たちは、「Vengo」をどのように見るだろうか、あるいは見ただろうかということを聞いてみたい、そんなことを思った。
遠い極東での、呑気な問いであることは、重々承知しているけれども。





2011.2 vol.3
Salvador El Negro Ojeda『アマラントの花』
Salvador El Negro Ojeda
エジプトで民衆による革命が起きているまさにそのただなか、メキシコ最高の歌い手のひとり、サルバドール・ネグロ・オヘーダが亡くなった。そのことを、僕は、オヘーダに導かれるようにしてラテン歌手になった八木啓代さんのtweetで知ったのだった。
啓代さんは、アルジャジーラがリアルタイムで伝えてくれるエジプトの現場の様子に興奮しながら、そのようなtweetを数多くpostしながら、そこだけに色がついたようにまったく違ったトーンで、オヘーダ爺さんの訃報を伝えてくれた。
今にして思えば、常に民衆の側に立っていたオヘーダが、まるでエジプト革命の露払いをしたかのように見える。
図らずも啓代さんのtweetが示していたように、エジプトの革命とオヘーダ爺さんの死は、民衆の側の出来事として、並列で記されるべきものだ。

ラテン音楽の肝は、清濁を併せ飲んだ果てに生まれる優雅さにあるのだと、僕は思っている。
人はなにも正しさや善意だけで生きているわけではないし、やらしさもあれば汚らしさもある。恋は素晴らしいことだが、恋にはトカゲやヘビのような感情がつきまとう。
それらすべてをひっくるめて、ヒトというものは、愛すべきものなのだということが、ラテン音楽の出発点になっているように、僕は思う。

そう、ヒトも、人生も、複雑なのだ。ひとりの独裁者が制御できるほど、単純なものでもヤワなものでもないはずだ。
ムバラク辞任の発表後、アルジャジーラでは5分間、なにも語られなかった。群集の声が、どんなコメントよりも説得力があったからだ。そこには、さまざまな歌があったはずだ。

一連のデモで亡くなった多くの人々のために。
人々と共に行動し、圧政により殺害されたジャーナリストのために。
それぞれの人に名前があり、家族があり、生きた証があったことを誰かが記憶できるように。
独裁者ではなく、それに闘いを挑んだ人々こそが歴史に名を残せるように。
オヘーダの歌もまた、そこにある。





2011.3 vol.1
Cyndi Lauper『Hey Now!(Girls Just Want to Have Fun)』
Cyndi Lauper
なにかのニュース番組で見て、ソッコーで動画を検索した。
アルゼンチンはブエノス・アイレスの空港で、なにかのトラブルで飛行機が飛ばず、乗客が待ちぼうけを食らわされている空港の搭乗ロビー。
退屈しのぎに、若者たち数人がDJプレイの真似事をしていたそうだ。するとそこに、やはり待ちぼうけを食らわされていた搭乗客の一人、シンディ・ローパー姉さんが飛び入り参加☆「Hey Now!(Girls Just Want to Have Fun)」を熱唱しているのだ!居合わせた人たちは、やんややんやの大喝采だ。
そう、シンディという女性は、いつもそうなのだ。
飾らず、驕らず、激情家で人情肌で、サービス精神に満ちていて、それでいてゴージャス。
僕は今、レディ・ガガに会うことがあったなら、議論してみたいと思う。ビョークに会うことがあったなら、激論を交わしてみたい。それがたとえ、議論のための議論であったとしても、僕は、そうしてみたいと思っている。
でも、シンディは違う。僕は、シンディとは議論しない。議論などせずに、抱きしめる。
彼女の歌がファルセットに向かう瞬間、一瞬だけ、悲鳴のようなひきつりが、彼女の歌には、ある。
その引きつりに立ち現れる女性性のようなものが、シンディの本質なのだと、僕は思っている。
僕らの年代は、シンディ・ローパーとマドンナを、とかく比較してきた。しかし、マドンナほどには、シンディは音楽の進歩には寄与していないだろう。正直に告白しておくと、僕はそう思っている。シンディのパフォーマンスは、どこまでも古典的なフォルムのなかで成り立っている種類のものだ。
それでも僕は、現代最高のポップシンガーはシンディだ!と、公言することができる。
ショービズの世界で、魂を揺さぶることにかけては、彼女の右に出る者はいない。
どのような曲を書くのか、歌うのか、歌いかたをするのか、そこには、ミュージシャンの才能と努力の結晶が詰まっているのだとしても、発語やひきつりは、言葉における発音に似ていて、サッカーにおけるトラップに似ていて、その人の人間そのものが、魂そのものが立ち現れる場所だ。
シンディ・ローパーの魅力は、そこにある。つまり、人間そのものにあるということだ。
この空港でのパフォーマンスが、図らずもそのことを示している。
御年57歳。僕は、このおねえさんが、大好きだ☆





2011.4 vol.1
細野晴臣『恋は桃色』
細野晴臣『恋は桃色』
細野さんの特徴って、既視感だと思う。
細野さんといえば、ため息が出るほどたくさんのカードを持っていて、地球博覧会的アルバムをいくつも展開してきたし、新しい意匠を纏うのも常の人だけれども、芯にあるのは、やっぱり既視感とでもいうべき懐かしさで、でも、ベタベタしていない、フィルムのなかに映っているような既視感が、細野さんのすごさなのだと思う。
この、フィルムのなかに映っているような、というのは、僕にとっては大切なことで、要するに、フォーク的な意匠を纏っているときでも、そこにはきっちりと批評が含まれているから、無邪気に情緒に流れていかない。そこがね、僕は好きです。

これは、照れ、と言ってもいいと思うんだけど、都会育ちの洗練には、こうした照れがたっぷりと含まれているのだと思う。照れであり、根を持たないコンプレックスの表出でもあるのだろうけれども、都会で育ち、なにかを表現しようとするのなら、そのようにしかやりようがないと思う。

そう、都会の洗練で生きるのなら、照れやコンプレックスと向き合うしかない。
土地に根を張っているのなら、その土地から沸き上がるエネルギーをしっかりと受け止めるしかない。
最悪なのは、都会にいて地方への憧憬的な表現であったり、地方から都会への憧れを照れなく表現することだ。そんなものはテレビのなかにはアホみたいにあるけれども、やっぱり、そんなものは要らない。

細野さんは、そんな場所からは、一万年光年離れた場所で音楽をやりながらも、ときどきテレビやマスメディアに接近したりしているところが、とっても軽やかでいい。
照れつつ、根無し草の出自を生かして、ひょいと越境してしまう。
その、ひょい、の動きがね、細野さんはとってもスタイリッシュで、そのあたりは都会育ちならではの洗練だなあ、と思う。

この「恋は桃色」が入っている「HOSONO HOUSE」は、地球博覧会的アルバムを展開していく直前の、細野さんが無防備に裸を開陳した、とても私家版的なアルバム。
リズムはヨレヨレだし、音はかぶりまくってるし、結構、ムチャな演奏とレコーディングだけど、いろいろと照れが見えて、いい。とても、いい。





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