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追悼 レヴィ=ストロース



20世紀フランスを代表する思想家で社会人類学者のクロード・レヴィ=ストロースの訃報に接したのは、11/3のことでした。
10/30には亡くなっていて、享年100歳。

サルトルが亡くなったときにも感じたけど、若いころから自分の指針というか、なにかの善悪を判断したり、右に行くか左に行くかを決めたりするときに、サルトルとともにレヴィ=ストロースがそばにいて、そういう、なにがしかのニュースに触れたときに、彼はどんなふうにこの問題を捉えているんだろうか、というような、自分の価値判断の拠り所になる人をなくしたという喪失感は、小さくありません。

彼の死をもって、フランスの知性が世界に君臨していた時代は、完全に終わったように思います。彼と同世代の、フランスから世界の言論をリードした知識人たちは、皆、彼岸に行ってしまっています。
カミュ、サルトル、ボーヴォワール、メルロ・ポンティ、バタイユ、ジャック・ラカン、ミシェル・フーコー…、そして、レヴィ=ストロースの死をもって、ジャイアンツはひとり残らず、すでにこの世にいません。

彼の死を機に、フランス語が世界の共通語からいちエスニックな言語に転落することすら、ありえると思います。

もうフランスには、知的なゲームを戦わせた、サロンのような場所は、ないのだろうな。フランスはもとより、世界のどこに行っても、そのような場所はないだろうし、その事実こそが、世界はもう新しい扉を開けてくれるような贈りものを受け取ることはできないのだな、と、項垂れてしまいます。

20歳になる少しまえに『悲しき熱帯』を貪るようにして読んでいたとき、西欧至上主義でなくてもいいのだな、世界は、辺境も中心もなく、等しく豊かであっていいのだな、というようなことを、砂漠の砂に水が染むように身体に入れていて、僕は、インドを出発点として、世界中をウロウロとほっつき歩くようになり、辺境を愛するようになり、一方の辺境ともう一方の辺境が同時に共鳴するようなコミュニケーションの革命が起こった現代を無条件に祝福するようになり、今、このようにしてブログを書いています。

そう考えると、20歳少しまえの青く固かった時代から今にいたるまで、繋がっているのだな、という事実に、改めて驚かされました。その傍らには、レヴィ=ストロースのような人がいたからこそなのだな、と、ぼんやりと思い返しています。

合掌。

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