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浪速八百八橋 北区の橋シリーズ - 毛馬橋 〜 大川最上流に架かる橋
北区の橋シリーズ第14弾です☆

今回は、毛馬橋。

毛馬橋



過去エントリーはこちら。

第1回の難波橋(ライオン橋)
第2回の川崎橋
第3回の船津橋
第4回の堂島大橋
第5回の上船津橋
第6回の鉾流橋
第7回の桜宮橋(銀橋)
第8回の大江橋
第9回の天神橋
第10回の中之島ガーデンブリッジ
第11回の水晶橋
第12回の渡辺橋
第13回の飛翔橋

ちなみに、大阪市北区の中之島に架かる橋は、東から、
毛馬橋(城北公園通)
飛翔橋
都島橋(都島通)
源八橋(扇町通)
桜宮橋(銀橋)(国道1号線)
川崎橋
天満橋(谷町筋)
こっから西は、中之島に架かってます。
天神橋(天神橋筋 - 松屋町筋)
難波橋(ライオン橋)(堺筋)
鉾流橋
水晶橋
大江橋(御堂筋)
中之島ガーデンブリッジ
渡辺橋(四ツ橋筋)
田蓑橋
玉江橋(なにわ筋)
堂島大橋(あみだ池筋)
上船津橋(新なにわ筋)
船津橋


大阪市北区の橋


さて毛馬橋は、大川の一番上流に架かっている橋ですな。


毛馬の地は俳人与謝蕪村の出身地なのですが、後の淀川改修によって、蕪村の出身地は、川の中になってしまったらしいです。

毛馬という地名はなかなか変わった地名ですが、もともとこのあたり一帯は湿地帯で、草が生い茂っていたらしいのですね。ま、大阪はどこもそうですが。で、その草が生い茂っている様を「毛」と呼び、そのむかしは、毛島と呼ばれていたそうです。それを縮めて、というか訛って、毛馬、と。

この場所は、古くから渡しの歴史を持っていて、大阪の北部から枚方、京都へ行く人々は、ここの渡しを利用しました。もともとはこの場所が淀川の本流だったので、行き交う船も多く、船客相手に酒や食べものを売る煮売舟で賑わったらしいですな。

で、この場所に初めて橋が架けられたのが、大正3年。
渡しは風雨の激しいときは危険なので、大川の渡しから橋へと通行手段が代わっていったのですが、毛馬は渡しが廃止されて橋が架かったのは、ずいぶんと遅れたようです。それでも、地元の熱心な架橋運動の結果、木橋が完成。それが、大正3年です。

その後、市街地の拡張にともなって、昭和12年に第3次都市計画事業によって、この地を通る中津赤川線が、造られることになり、鉄橋化された毛馬橋の設計も進められていたようなのですが、これは、資金不足のために日の目を見ずに終わったようです。

昭和21年に中津赤川線は25mの道路として都市計画決定され、昭和36年にようやく鉄橋が完成。
橋の形式は連続合成桁という当時最新の理論と技術によって設計施工されてます。ただし、こんときの橋は幅が8mしかないしょぼいもので、昭和54年になって、当初の計画通り、幅25mの立派な橋となっとります。


下流側に、橋と並行して水道管が走ってます。
毛馬橋


橋の下にも、なにやらパイプが通ってます。
毛馬橋


わりと特徴のない外観(笑)
毛馬橋 


舗道と車道のあいだに、柵があります。大川に架かる橋の中では、柵があるのは珍しいほうです。
毛馬橋


東詰に、毛馬橋が架橋された経緯を記した碑が建てられています。
毛馬橋


下流側を臨むと、阪神高速がキレイなカーブを描いて走っています。右下のドックに停泊しているのは、水都大阪2009に出展しているヤノベケンジ作のラッキードラゴン☆
毛馬橋


上流側には毛馬水門が見えます。
毛馬橋



橋長 150m
幅 25.0m





毛馬橋
大阪市北区長柄東

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