大阪市の北区をグルグル巡るブログ | 大阪市の北区メインでいろいろ仕事をしてます。仕事場も住んでるところも大阪市北区なので、北区をグルグル巡って、目にしたもん耳にしたもん感じたもんを、つらつらと書いています。

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天神橋筋のど真ん中にある、密かな桜スポット。絶讃満開中☆
蓮興寺 

桜の季節もぼちぼち終わりですねー。
造幣局の通り抜けは今が真っ最中ですが、今年はどーも行かないっぽいので、僕の桜見も終わりかな。

さて、そんな桜も最終コーナーをまわったころ、毎年僕が楽しみにしている桜が咲きはじめます。

天神橋筋(商店街じゃなくて、その西側の道路のほうね)の、JRのガード下と南森町の交差点の中間くらいのところに、蓮興寺というお寺さんがありまして、そこの敷地から塀を乗り越えて、道に覆いかぶさるようにして咲く桜があるのですね。

毎年、これを見るのが楽しみなのですよ。
ソメイヨシノじゃなくて、造幣局にあるような山桜です。造幣局の通り抜けがはじまる同時期に咲きはじめて、通り抜けが終わってからもしばらくは楽しめる桜です。
道にそって南北に続くお寺さんの塀の、北側が紅色、南側が白の桜が、塀を越えて、気前よく僕たちを楽しませてくれます。

蓮興寺

蓮興寺

ほんまにねー、まじでここにイスとテーブルを並べて宴会したいくらいですわ。
チャリで走るとき、わざわざ、ここを通るくらいです。

週末は雨模様みたいだけれども、来週でもまだまだ楽しめるので、お近くに来られた際は、ぜひ☆



蓮興寺の山桜
大阪市北区末広町1-35




天神橋筋のど真ん中にある、密かな桜スポット。絶讃満開中☆
蓮興寺の山桜 

今年は、タイミングよく、あちこちの桜をタンノーしとります。

でも、いわゆる名所と呼ばれる場所は、そりゃキレイだけれども、人がね。。。
で、人里離れたところを目指すのだけれども、そうそう行けるもんでもありませぬ。

というわけで、近場、つまりまちなかで、それでいて人気が少なくて、でもそれはそれは見事な桜を求めるということになるのだけれども、僕、天神橋筋に、そういうスポットをひとつ、持ってます。

天神橋筋商店街のすぐ西を走る道路沿い、JRのガードと阪神高速のガードを少し南に下ったところに、蓮興寺というお寺さんがあって、そこの敷地から塀を乗り越えて、道に覆いかぶさるようにして咲く桜があります。

毎年、これを見るのが楽しみでね。
ソメイヨシノじゃなくて、造幣局にあるような山桜なので、通り抜けと同時期に咲いて、造幣局の通り抜けの期間よりもはるかに長く楽しめる桜です。
筋に沿って南北に横たわる境内の塀の、北側は紅色、南側は白、さらに南に、白とピンクのグラデーションがかかった桜が、塀を越えて、気前よく僕たちを楽しませてくれます。

蓮興寺の山桜

蓮興寺の山桜


塀のなか、つまりお寺さんの境内のなかに入って、そっちから見せてもらったこともあるんですが、境内から見るよりも、境内の外から眺めるほうが、はるかに景色がよろしいという、なかなか気前のいい桜です。

この時期、このまえの道をチャリを走らせていると、浮き浮きしてきます。
ここにイスとテーブルを並べて、宴会をしたいくらいで(笑)

蓮興寺の山桜

蓮興寺の山桜


僕の大好きな民俗学者である折口信夫は、日本の古代人の心性には、美こそ至高の善という認識が潜在していて、その究極の美を桜に見たと思える、と書いています。
彼はまた、聖なる桜を家に植樹するということは、異なるものの侵入を拒む結界であった、とも書いています。

なので、この至高なる美はすべての醜を払うのだから、桜の聖性はそこから生じたのでしょうな。

原則、お寺さんは桜を植えません。
桜は艶やかすぎて、お寺さんの修業の妨げになるからね。
でも、結界という役割を果たすのなら、ということで、桜を植えているお寺さんも多いですね。
というよりも、人の欲望が、そのような理屈を盾にして、お寺さんに桜を植えさせます。

庭に咲く桜に、僕たちの祖先は、清明美の世界を見たわけです。
9世紀の末、桓武帝の山背国遷都によって、平城京から平安京に住み移った宮廷人たちは、故郷の花である桜を、新都に移し植えます。彼らは、新都の邸宅ばかりでなく、分詞した氏神の杜、氏寺にも故郷の花を移植しました。桜は、長く住み慣れた大和への望郷の花でした。

治世は桓武、平城、嵯峨と受け継がれ、9世紀初頭の嵯峨帝の時代、唐から文化を吸収したのちに訪れた日本古来からの固有の文化を見つめ直そうとするトレンドに乗って、京都の神泉苑で初めての花宴が催されます。
が、しかし、これも、ルーツを遡れば、天平の時代、東大寺の桜会に辿り着きます。

この時代の桜は、もちろんソメイヨシノではなく、山桜です。
蓮興寺の桜も、そう。
塀際に埋められて結界、ということです。



蓮興寺の山桜
大阪市北区末広町1-35


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天満堀川の橋 - かつて綿屋町やったところに、なぜか梅ヶ枝橋
ここ、扇町公園の南側、バイパスになってるところです。

むかし、天満堀川があったころは、ここが堀川の終点、つまり堀留で、大川から流れてきたゴミが溜まりに溜まって、ゴモク山と呼ばれたところです。フィリピンのスモーキー・マウンテンみたいなもん?

んで、1838年(天保9年)のことですけど、大塩平八郎さんが大暴れしたあと、被災者救済やら失業者対策の一環として、今の樋ノ口町を経て淀川へ水が抜けるように、水路を延伸させる工事が行なわれるわけです。
雇用促進と環境改善をセットにした土木工事なので、今の公共事業と発想はおんなじですな。

そんとき、この、梅ヶ枝橋ができてます。
ただ、このあたりは当時、綿花業者が軒を連ねる綿屋町と呼ばれていた場所で、梅ヶ枝町というのは西天満に旧地名として残っているので、ここに架けられた橋がなぜに梅ヶ枝橋という名称なのか…、謎です。

ちなみに、現在の梅ヶ枝橋は、1971年(昭和46年)の架設。

ただ、「摂津名所図会大成」を見てみると、この橋に該当する箇所に「綿屋橋」というのがありまして、どうやら、この「綿屋橋」が、どっかで「梅ヶ枝橋」に名称変更しているような気がするんですよね。

なんにせよ、謎です。


今はバイパスになっているので、橋という印象はないけれども、それでも銘板(橋名板)が貼られているので、橋には違いない。欄干らしきものも、ちゃーんとあります。
堀川こそすでに埋め立てられて存在しないけど、この梅ヶ枝橋は、橋としての役割を今も果たしてます。
で、橋の脇には、何代前かの梅ヶ枝橋の跡碑がひっそりと建てられています。

梅ヶ枝橋

梅ヶ枝橋


さて、これは又聞きで聞いた話なので、真偽のほどは定かではないのだけれども、橋には、じつは入口と出口がありまして、漢字で書かれた銘板(橋名板)が張られているのが、入口やそうです。出口側には、ひらがなで書かれた銘板(橋名板)が、貼られてます。

梅ヶ枝橋

梅ヶ枝橋


そもそも、道路には、上りと下り、起点と終点があるんで、それをベースに、起点に近いほうを入口、終点に近いほうを出口とするんでしょうな。
で、入口側の銘板(橋名板)には漢字を、出口側にはひらがなを記す、というルールになってるようです。
江戸時代から、すでにそうなってるらしいですわ。

ちなみに、「梅ヶ枝橋」は出口側にまわってみると、「うめがえはし」となってます。
「ばし」と濁らずに「はし」となっているのは、まあ、橋の下を流れる川が濁らんように、と、全国的に見られる傾向ですが、堀川の場合は、特にその思いが強かったんやろな、と。



梅ヶ枝橋
大阪市北区末広町3 付近


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こんなところに梅が咲いているとは誰も知るまい
梅



北区で梅といえば、大阪天満宮。
もうすぐ、盆梅祭がはじまるのかな。

それはさておき、北区で梅のキレイなところといえば、あとは、帝国ホテル横OAPの大川側に見事な梅が咲いているとか。そっちはまだ見たことがないので、今年こそ、なんて思ってます。

あとは…、桜はいくつかあるんだけれども、梅って、北区にはあんまりないですね。

僕のチャリルート、扇町公園の南側、阪神高速が東にカーブするあたりの下に、交差するあたりのちょい南側、阪神高速道路株式会社扇町営業所の敷地で、柵で囲ってあるから中には入れないところなのだけれども、そこに、1本だけ梅が見事な花を咲かせています。

建物の裏にあって、上には高速が走っていて、手前はバイパスになっているので近づいて見ることもできず、排ガスにまみれて…、こんな境遇には生まれたくない!と思いたくなるほどの悪環境のなか、健気に花を咲かせています。
排ガスのせいで、そのあたりの気温が少しは上がってるはずだし、きっと、そのせいで、天満宮よりも早く咲いてると思います。

これがまた、艶やかで立派な紅梅で。

しばしチャリを停めて、缶コーヒーなんぞを口にして、ときどきホッコリしてます。
ここは、僕だけの秘密ですねん。

都心のなかのちょっとしたオアシス☆



扇町公園の南側、阪神高速が東にカーブするあたりの下に、交差するあたりのちょい南側、柵で囲まれたスペースにある1本の健気な梅
大阪市北区末広町3
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つけ麺じゃなくてラーメンを探して新規開拓 note.002 「羆(ひぐま)」- ほっこりできる味と、おやっさんの調理アクションが秀逸☆
 つけ麺じゃなくてラーメンを探して新規開拓 note.002 「羆」- 悪くはないが記憶に残んない。。。


近ごろ、右を見ても左を見ても、どっこも、つけ麺の店ばっかりじゃないっすか、おじょうさん。
ほんまもんのラーメン屋さんは、どこ行ったんでしょうかね?

ってことで、ラーメン屋さん巡りってのは元々はあんまり興味ないんだけれども、ちょっと取りかかってみることにしました。

第1回目は「煮干しラーメン 玉五郎」

ここは、個人的にはナシのお店だけれども(笑)


さてさて、第2回目は、扇町公園南側、旧水道局扇町庁舎の東側にある、扇町公園周辺のなかでも一番いけてないエリアにあって、我が道を行く!ってかんじで営業しているお店、「羆(ひぐま)」

羆(ひぐま)

価格破壊立ち飲みの名店「得一」の並びにあります。

ずーっとまえから気にはなっていたんだけれども、なんとなく縁がなくて、スルーしていたお店でもあります。なんちゅーか、店名からサッポロラーメンだってことはわかるから、メインは味噌ラーメンに違いなくて、味噌ラーメンっちゅーのは個人的には興味ないんで、もう何年もスルーしてきたお店なのですね。

でも、昨今のどこもかしこもつけ麺ブーム!を受けて、そうも言ってられなくなってきたんで、つい。

店内見るまでもなく、外観だけで、昭和レトロ満載で、およそ衛生的とは言いがたく、経験上、このテのお店は大アタリか大ハズレかのどっちかです。

さて、ここはどうでしょうか。。。。

ガラガラっと戸を引いて中に入ると、狭い!(笑)
L字のカウンターに6人がMAXではなかろうかというスペース。
座席スペースよりも厨房のほうがデカいのではないか、というくらいのレイアウトです。

なにはともあれ、この店のイチオシ、味噌ラーメンを注文。
ちなみに狭い店内の隅っこにはテレビが置かれていて、阪神戦やってました。
店のオッサン、一見、とっつきにくいかんじかんじだけど、いつのまにか阪神ネタで盛り上がってしまいました。オッサン、というよりも、かーなりご年配のじいさんなんだけど、接客の距離感が、近すぎず遠すぎずで、なかなか心地いいです。

カウンターなんで、もちろん厨房が丸見えです。厨房が見えるってのは、僕、好きですね。飽きないもん。
で、ラーメンつくるところをずーっと見てたんですが、つくってる姿がね、ビシッとしてて美しいんですわ。ちょっと大げさ気味なアクションが入るんだけど、丁寧につくろうとしてるんだな、というのが、そのオーバー気味のアクションから伝わってきます。

麺を平たいザルで湯切りする姿、
チャーシューを切る姿、
仕上げの盛りつけを整える姿、
端正で、強くて、リズミカルで…
ほんま、これは一見の価値があります。



ほいで出てきた、味噌ラーメンです。

羆(ひぐま)


見たまんまというか、ごくごく普通の味噌ラーメンで、美味いっちゃ美味い。
味噌のコクがすんごく効いていて、お好きな人にはたまらん味かと。
麺は、少しだけ縮れ気味の、そーいえば最近はあんまり見かけないけどむかしはみんなこうだったよな、って麺。
ほいで、チャーシューは、なかなかの太っ腹な厚さです。
その他、もやし、メンマ、ナルト、ネギ…、定番のトッピング。

なんちゅーか、懐かしい味といえばいいのか、むかしながらの安心できる味です。
ただし、味噌ラーメンがそれほど好きではない僕にとっては、味噌のパンチが強すぎ。でもこれを店の非にしちゃうのは、もちろん気が引けます。

近頃このあたりは寂れ気味だし、やっていけるのかなと思っていたら、水道局の扇町庁舎があったり、今、結婚式場になってるところがかつてはビジネスホテルだったりで、それなりにお客さんがたくさん来ていた時期もあったそうです。今は、どっちもなくなっちゃってるから、売り上げ的にはしんどくなってるだろうけれども、でも、つけ麺に一切手を出していない、つまり流行ものに安易に飛びつかないこういうお店は、きっと長生きすると思いますわ。





羆(ひぐま)
大阪市北区末広町3−19
tel. 06-6313-4928
11:30-14:00 18:00-翌2:00
日休み
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ピアノビル
ピアノビル

ビルが壊されたり店が閉店になったりすると、そこが以前なんだったのか、ソッコーで忘れます。
まーったく、思い出せない(笑)
自分の脳内の記憶のメカニズムになにか欠陥があるんではなかろうか、と、疑ってしまうことしょっちゅうです。

でも、これは覚えてる!
このビルの壁は、先週まではピアノじゃなかったぞ!
先週までは、普通にブラウンのベタ塗りの壁だったぞ!

覚えていてあたりまえか(笑)


でもこのピアノ、実際に弾けたりしたらスゴいことになると思う。思うけれども、そうするとうるさいから、やっぱり弾けなくていい。

ちなみにこのビルは扇町公園の南側にあって、「扇広ビル」という、ごくごく普通の飲食兼雑居ビルです。




扇広ビル
大阪府大阪市北区末広町3-29
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末広町の謎の玄関門
末広町の謎の玄関門

末広町の謎の玄関門

扇町の交差点南西に、妙な玄関口というか門があって、いつもいつも気になっていたのでした。

インターフォンもあるし、郵便受けもあるし、どっから見てもちゃんとした玄関口の門なのに、中を覗いてみても、家屋らしきものが見当たらなくて、この門は誰の家の門?と。


ビルとビルのあいだの隙間に門があって中に入れないようになってるのは珍しくないけど、ここのは、インターフォンがあって、郵便受けがあるし、番地の表示プレートもあるし…、でも、表札だけがない…。

門の正面は、隣のビルの裏面だから、これは違うと思うんですね。

ビルとビルのあいだの隙間って、イリーガルに飲み屋さんやら茶店やらが店を出してたりすることがあるんで、そーゆー場面に遭遇する僥倖はないもんかと、ちょっと期待しながら、通るたびに中を覗いてみたりして…(笑)


ほいで昨日、仕事先の不動産管理の専門家をここの前を通った折り、この、謎の門について語ったところ…、

こんなもん、隣のビルの通用口につながっとるに決まっとるやろ!常識や!
と、言われ、長年の疑問は一瞬にして氷解したのでした。

隣のビルは、AST関西医科専門学校のビル。帰ってからネットで調べてみたら、このビルの所在地と玄関門に貼られている番地の表示プレートが一致しました。


こーゆーことに気づかんのって、僕だけ?




末広町の謎の玄関門(AST関西医科専門学校の通用門)
大阪市北区末広町3-27
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天満立ち飲みツアー note.008「大阪うどん・そば てんま」- 美味すぎる究極のカレーおじやうどん☆
交差点を挟んで堀川神社の対面に、うどん屋さんがあります。

「てんま」って名前のうどん屋さんです。

大阪うどん・そば てんま


店の前は毎日のようにチャリで通ってるので、2年前くらいの出店のときから知ってます。
高速の下の、人の通らない道で、えらいところ店出したけどやっていけるんかいな?と、思ったもんでした。
僕、うどん好きだけれども、ここ数年は讃岐うどんばっかりで、でもこのお店は大阪うどんのお店なので、どのみち1回は行くんだろうけれども、なにがなんでも行かねば!と思うほどでもなく、そのまま放置していたのでした。

その間、あっちこっちのブログでこのお店を見かけるようになりましたです。

今ではすっかり耳年増になってしまっていて、かつては天満宮の近くで営業されていたのが立ち退きにあって、ここに移転してきたこと。

そんときからのお客さんが、移転してからもたくさんついてきてくれていること。

カレーおじやうどんなるメニューがあって、絶品だとのこと。

天六の名店「上川屋」で修業し、その後、南船場の「松葉家」でも修業した店主がやっておられるということ。

で、このまま耳年増状態を続けていても仕方ないので、行ってきました☆

だいたい、カレーおじやうどんって、なによ(笑)


今回のお目当ては、もちろん、カレーおじやうどん。おじやとうどん。炭水化物on炭水化物☆(笑)

大阪うどん・そば てんま


鉄鍋の下半分はおじやで、その上にうどんがあって、カレーがかかっていて、エビ天と生卵とカマボコとネギがトッピングしてあります。

まず、カレー。うどん屋さんのカレーうどんのカレーなので、出汁で割ってあります。
ひとくちすすると…、な、な、な、激ウマ☆
や、マジで、これ、僕が知ってるカレーうどんの中でも最高レベルの美味さです!
上品で、甘みとコクの深い出汁がよく効いていて、カレーがね、出汁の美味さを損なってません。これ、ギリギリの配分をキッチリ見切ってますわ。生卵を混ぜるんで、余計にコクが出ます。
うどん屋さんのカレーうどんのカレーの延長線上にあって、その枠は外してないんですが、その線で極めるとここまで行きますか!という味です。間違いなく、絶品☆
いろいろと能書きもお聞きしたし、そーゆーのはサイトを見れば書いてあるんですが、ひとくち食べただけで、なにもかも極上の材料使ってるわ〜、ってことは、一発でわかります。それくらい、美味い。美味すぎです。美味すぎて飽きるかもしれん!と、心配したくなるほどの美味さ。

うどんも腰がじゅうぶんにあって、讃岐とは違った、大阪うどんらしい歯ごたえとノド越しも堪能できます。
トッピングのエビ天もサックサク。これも上手に揚げてあります。花が開いたような散らし揚げは、見た目よりも全然難しい揚げかたなんで、この揚げかたができないうどん屋さんのほうが圧倒的に多いと思います。

そんなふうにしてうどんを堪能したあとは、下からたっぷりのおじやが顔を出します☆
これ、柔らかい肉が混ざっていて、たぶん、牛肩ロース。出汁の効いたカレーなんで、絶対に、カレーライスではなくて、まさにカレーおじやです。

大阪うどん・そば てんま


そしてですな、テーブルの脇に置いてあった七味がですね、これがタダモンではなくて…。
辛みよりも風味優先で、それも山椒の風味を強くしたなんて単純なものではなくて、いろんな風味が憤然一体となって、なによりも出汁によく合ってます。出汁の旨味を損なわずに美味さと風味を引き出してます。素晴らしい七味。
色からして黒七味か?と思ったんですが、お店の方に聞くと、黒七味以上なんだそうです。向井珍味堂さんと組んで、出汁に合う七味に調合してもらってるんやそうです。
この七味、小分けして販売もしてはりましたわ。

大阪うどん・そば てんま

大阪うどん・そば てんま


いやいや、やっぱり、行かんとあきませんね。
ここまでの店やったとは。スルーし続けたこの2年間を返せ!って、誰に言ったらいいんでしょうか?(笑)
お店の方も気さくやし、厨房は元気やし、とーっても居心地のいい店でね、これは通いそうです☆

で、なんでこれが立ち飲みツアーに入ってるかって?
夜の酒飲み用メニュー、じつはいろいろありますねん。詳しくは、お店のサイトを。






大阪うどん・そば てんま
大阪市北区末広町1-14 アクティ南森町1F
tel. 06-6353-1114
11:00-14:00 17:00-21:00(土 / 17:00-20:00)
日休み 
HP http://www.osaka-udon-soba-tenma.com
mapを見る





【過去の天満立ち飲みツアー】
■天満立ち飲みツアー note.001「天満酒蔵」
■天満立ち飲みツアー note.002「天平」
■天満立ち飲みツアー note.003「墨国回転鶏Que Rico」
■天満立ち飲みツアー note.004「但馬屋」
■天満立ち飲みツアー note.005「奄美・島料理 てぃだ」
■天満立ち飲みツアー note.006「上海食苑」
■天満立ち飲みツアー note.007「マリンポリス天満駅前店」
■天満立ち飲みツアー note.番外編「煮たり焼いたり」



    

ぜひ入ってみたいんだけれども、なかなか意を決することができない喫茶店
軍人軍属恩欠者全国同盟 近畿地区連合・会大阪府連合会 北支部事務所


えーっと、事務所の近所なので毎日のようにこの喫茶店のまえを通るのですが、入ったことありません。
図太い性格なので、たいていのところにはズカズカと入っていきますが、ここはちょっと意を決しないとムリです(笑)

モーニング、300円。
安いんやけどなあ。。。


軍人軍属恩欠者全国同盟 近畿地区連合・会大阪府連合会 北支部事務所を兼ねている喫茶店みたいです。
軍人軍属恩欠者というのは、軍人恩給の受給資格を有していない人たち、ということですな。
ということは、軍人恩給が出ないので団結して国と交渉している団体がこの団体、なんだと思います。

軍人恩給というのは旧日本軍での軍歴が12年以上の人と、その人がなくなった場合にはその人の遺族にしか出ません。
もっとも、12年という期間にはカラクリがあって、期間の計算が、外地だと2倍、最前線だと3倍と、危険度によって加算され、その合計が12年を満たせば、軍人恩給支給対象の有資格者となります。
さらに、階級によって、金額がわけられていて、大将と二等兵とでは10倍近い開きがあるみたいです。

それでも、12年というハードルは高くて、実質的には職業軍人と古参兵しかありつけん制度みたいです。受給資格を持たない人は、めちゃくちゃ多いみたいですね。や、今となっては、多かった、ということになるんでしょうね。
元々が、軍人恩給は戦前の官僚のために設けられた共済年金みたいなもんですから、赤紙で引っぱられた一般の兵隊さんは、対象外みたいなもんです。

細かい数字とか、全然わかんないですけど、軍人恩給は今も支給されているはずだから、もちろんご存命の有資格者の方々がいらっしゃるわけで、ということは、資格を有していない方々は、それ以上いらっしゃるだろうということになりますね。
その人たちが団結して国と交渉している団体の支部が、この喫茶店らしいのですよ、どうやら。


聞けばきっといろいろと興味深いお話はたくさん聞けるだろうし、ぜひ、聞いてみたいところではあるんですが、ほら、丸1日とか、平気でつかまりそうじゃないですか(笑)
それに、ほぼ毎日このお店のまえを通っているので、知り合っちゃうと、忙しいときにスルーできなくなるじゃないですか(笑)
なので、ちょっと今は。。。。



喫茶あき(軍人軍属恩欠者全国同盟 近畿地区連合・会大阪府連合会 北支部事務所)
大阪市北区末広町2-28
map






蓮興寺の桜は、境内からよりも外から眺めるほうがはるかに美しい気前のいい桜
何年かまえ、今の時期に東京に仕事で行った折りに、渋谷のど真ん中にあるのにもかかわらず、あまり人には知られていない名桜に案内してもらったことがあります。

マンションの一廊を空に覆う、樹齢100年の、枝垂れ桜の巨桜でした。

その桜は、大正時代、当時の実業家の邸宅の庭に植えられた2本の桜のうちのひとつで、戦後の経済変動で所有者が変わって、とある料亭となりました。

その料亭も昭和のバブル期の終焉とともになくなり、料亭の跡地にはマンションが建てられることとなり、その折、桜を伐ることを惜しんで移植を試みたのだけれども、根付かず、1本は枯れました。残る1本のために建設者は設計を変更し、マンションを完成させたのでした。桜を巡る佳話ですな。

この桜を見せてもらったとき、高層建築を飾る巨桜という桜景観の珍しさもさることながら、桜は花の名所だけで見るものではないのだな、庭苑に植えられた1本の名品を春ごとに愛でるのもいいもんだな、と思ったのでした。





さて、天神橋筋商店街のすぐ西を走る道路沿い、JRのガードと阪神高速のガードを少し南に下ったところに、蓮興寺というお寺さんがあって、そこの敷地から塀を乗り越えて、道に覆いかぶさるようにして咲く桜があります。

蓮興寺の山桜

蓮興寺の山桜


毎年、これを見るのが楽しみでね。
ソメイヨシノじゃなくて、造幣局にあるような山桜なので、通り抜けと同時期に咲いて、造幣局の通り抜けの期間よりもはるかに長く楽しめる桜です。

塀のなか、つまりお寺さんの境内のなかに入って、そっちから見せてもらったこともあるんですが、境内から見るよりも、境内の外から眺めるほうが、はるかに景色がよろしいという、なかなか気前のいい桜です。

蓮興寺の山桜


この時期、このまえの道をチャリを走らせていると、浮き浮きしてきます。
ここにイスとテーブルを並べて、宴会をしたいくらいで(笑)


僕の大好きな民俗学者である折口信夫は、日本の古代人の心性には、美こそ至高の善という認識が潜在していて、その究極の美を桜に見たと思える、と書いています。
彼はまた、聖なる桜を家に植樹するということは、異なるものの侵入を拒む結界であった、とも書いています。

なので、この至高なる美はすべての醜を払うのだから、桜の聖性はそこから生じたのでしょうな。

庭に咲く桜に、僕たちの祖先は、清明美の世界を見たわけです。
9世紀の末、桓武帝の山背国遷都によって、平城京から平安京に住み移った宮廷人たちは、故郷の花である桜を、新都に移し植えます。彼らは、新都の邸宅ばかりでなく、分詞した氏神の杜、氏寺にも故郷の花を移植しました。桜は、長く住み慣れた大和への望郷の花でした。

治世は桓武、平城、嵯峨と受け継がれ、9世紀初頭の嵯峨帝の時代、唐から文化を吸収したのちに訪れた日本古来からの固有の文化を見つめ直そうとするトレンドに乗って、京都の神泉苑で初めての花宴が催されます。
が、しかし、これも、ルーツを遡れば、天平の時代、東大寺の桜会に辿り着きます。

この時代の桜は、もちろんソメイヨシノではなく、山桜です。
蓮興寺の桜も、そう。
塀際に埋められて結界、ということです。

蓮興寺の山桜

蓮興寺の山桜









蓮興寺の山桜
大阪市北区末広町1-35

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