大阪市の北区をグルグル巡るブログ | 大阪市の北区メインでいろいろ仕事をしてます。仕事場も住んでるところも大阪市北区なので、北区をグルグル巡って、目にしたもん耳にしたもん感じたもんを、つらつらと書いています。

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天満宮のすぐ南に、安藤忠雄デザインの上方落語協会会館ができてます〜。
  

上方落語協会の本拠地、「上方落語協会会館」が、4月26日に完成したと聞いたので、GWのあいだ、サクッと見に行ってきました。
天満宮のちょい南を東に行ったところにあります。
これで、天満宮を挟んで、北側に繁盛亭、南側に会館と、このあたりはすっかり上方落語の拠点となってきましたな。

建物は、安藤忠雄さんが無償で設計を請け負ったのだとか。まあ、言われなくても、ひと目見ただけで安藤建築ですね(笑)

上方落語協会会館

上方落語協会会館

上方落語協会会館


外観からは何階建てなのかさっぱりわからないけれども、どうやら鉄筋コンクリート3階建てだとのこと。
上部に大きな三角窓と天窓(ビルの一番奥まで貫いてます)があり、自然光が入るようになってます。
左側に縦横にスリットが入ってます。これ、「上方」の「上」の字をあしらったのだとか。
この建物には、協会事務所、上方落語の資料室や落語家の稽古場などがあるそうです。

なんか、おしゃれな外観で、従来の落語のイメージはどこにもないですね。
三枝師匠の言によると、繁盛亭が古典落語なら、協会会館は未来につながる創作落語的なのだそうです。


見学とか、できないのかな?


ちなみにこれは、後ろから見たところ。
後ろも、シュッとしてます。

上方落語協会会館




上方落語協会会館
大阪市北区天満4-12-7
HP http://www.kamigatarakugo.jp/
mapを見る

南天満公園の将棊島粗朶水制跡碑に見る、かつてのエコな護岸&治水工事
天満橋のたもと、天満南公園に桜を見にいった折り、石碑を見つけたのでした。
ここには、「天満子守唄」「天満青物市場跡」「淀川三十石船舟唄碑」などの石碑があるのだけれども、ひとつ、見過ごしていたのがあったのでした。

「将棊島粗朶水制跡 碑」
漢字が難しすぎるのだけれども、「しょうぎじま そだ すいせい あと」と読みます。

将棊島粗朶水制跡 碑


横に解説プレートが建てられてあり、そこには、次のように書かれていました。

将棊島粗朶水制跡 碑

将棊島は、淀川の水が寝屋川・鯰江川に逆流して水害を引き起こすのを防ぐために、三つの河川の合流点の網島から天満橋を越えて236間(約430m)余り下流まで築かれた隔流堤で、幅7間(約13m)あった。
淀川治水のため、明治6年(1873年)に来日したオランダ人技師デ・レーケ、エッシェル、ティッセンの3人は、その翌年、将棊島地先にオランダ式の粗朶沈床による水制工を実施した。これは木の枝を束ね、組み合わせたものに石を詰め、河岸から河の中央に向かって設置された突起物で、水の勢いを弱め、護岸に効果があった。この工法はケレップ水制とも呼ばれ、現在でも城北公園北側の淀川左岸にその名残を留める。デ・レーケは来日してから29年間、大阪にとどまり、淀川の治水と大阪湾の建設に尽力した。


要するに、大川が氾濫する原因となっている、寝屋川、鯰江川と大川が合流するあたりの水をコントロール工事を行なった、ということですな。

今とは地形が違っているので、わかりにくいのだけれども、当時は、こんなふうでした。
寝屋川、鯰江川と大川が合流するあたりには、備前島と将棊島という、堤のように突き出た陸地があったようですね。突堤になる以前は、どちらも独立した中州だったみたい。

将棊島粗朶水制跡 碑


で、そこに、櫛みたいなものを陸地から延ばしていくことで、水流を弱め、氾濫しないようにする、と。
この櫛みたいなのが、「粗朶」(そだ)と言いますな。
これを発明したのがオランダ人で、明治の初め、デ・レーケさんら3人のオランダ人技師たちが、日本に来て伝えてくれました。

オランダと言えば、世界は神がつくったかもしれんがオランダだけはオランダ人がつくった、と、司馬遼太郎が評したように、国の歴史がそのまま、埋め立ての歴史、低地の改良の歴史みたいなところです。きっと、こういう技術をたーくさん持ってるんでしょうな。

「粗朶」は木の枝を束ね、組み合わせたものに石を詰め、河岸から河の中央に向かって設置された突起物のことです。
木の枝は主に柳が使われていて、腐食しにくく、屈撓性があり、運搬が容易である、と。
さらに、多孔質なので、生物が棲みやすい環境が形成され、今のコンクリートなんかより全然優れている工法に見えますね。エコやしね。

将棊島粗朶水制跡 碑

将棊島粗朶水制跡 碑


これ、なかなかの効果をあげていたようで、以後の日本の近代的な河川工事のモデルとなったとのことです。


南天満公園は、今、桜のキレイなところだけれども、いろいろ石碑が建てられているところでもあります。
こんなのもどうぞ☆

「天満青物市場跡にある天満の子守唄 碑」

「江戸時代の特急、淀川三十石船☆」








将棊島粗朶水制跡 碑
大阪市北区天満3-1 南天満公園内


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造幣局 桜の通り抜け、今年は夜間なしなので初日の昼間に行ってきた(桜図鑑72種画像付き☆)
造幣局の桜の通り抜けがはじまったので、初日の午前中、サクッと行ってきたのでした。

今年は、4月14日(木)〜20日(水)実施。
まだソメイヨシノがあちこちで咲いているなかでの通り抜けなので、なーんか変なかんじ(笑)
プロ野球も開幕カードやってるところだし、いろいろ季節感がおかしくなっていることを実感しますな。

で、震災を鑑み、夜間は自粛でナシだそうです。やればいーのに、と、夜間中止の発表があった瞬間に思いましたですけどね。
しかし、夜間を中止にするのって、いつ以来なのかしら?1970年代のオイルショックのときは、どうだったんだろか?

昨年のこの時期にエントリーした、通り抜けの歴史を再読。

「造幣局の桜の通り抜けの歴史を振り返る」

第2次世界大戦勃発の1942年(昭和17年)は、開催途中で中止になってます。
その後、戦況が悪化してるからもちろん開催なんて無理で、戦後、1947年(昭和22年)には通り抜け再開してます。終戦が1945年9月だから、こんときはわりと早い時期で再開していて、その事例を引いても、今回は夜間もやってほしかったと、僕は思います。

毎年、夜桜を見て、その足で宴会!って、僕の例年のパターンですけど、そういう人も多いだろうしね。
今、夜の店は軒並み閑古鳥鳴いてるし…。


まあ、んなこと言ってても仕方ないんで、行かない人(行けない人)も多いだろうから、今回は、今回は、造幣局の桜図鑑なんぞをつくってみました。
造幣局は桜の種類がメチャクチャあるし、それぞれの解説立て札も立てられているので、せっせと採集してきました。
全部じゃないけど、一応、68種の桜と解説を用意しました〜。
我ながら、結構な労作ですっ(笑)

facebookには、でっかい写真とここに載せているもの以外の写真もアップしてあります。150枚くらいはあります〜。

facebook 大阪市の北区をグルグル巡るブログ+北区ネタ
album「造幣局 桜の通り抜け 2011.4.11」


でっかい写真をスライドショーでご覧になる場合は、こちらを。

「造幣局 桜の通り抜け 2011.4.11 スライドショー」


まずは、今年の桜に選ばれた「妹背」から。

妹背(いもせ)
花は濃淡になった紅色で、時に一つの花に実が二つ、対になってつくことから、この名が付けられた。花弁数は30枚程あり、二段咲きが見られる。

妹背


黒田百年(くろだひゃくねん)

京都府京北町の黒田神社境内にあった名桜で、佐野藤右衛門氏によって、接木し育成され、明治100年を記念する意味も含め、この名が付けられた。

黒田百年


雨宿(あまやどり)
東京荒川堤にあった桜で、葉かげに垂れて咲く形があたかも葉かげに雨をよけているようにみえるのでこの名がある。蕾は淡紅色、花は白色、花弁数は10〜15枚ある。

雨宿


八重紅枝垂(やえべにしだれ)
仙台の伊達家にあった桜で、明治初年、仙台市長の遠藤氏が植えたため「遠藤桜」とも呼ばれている。花は真紅の八重で花弁数は15枚程あり、極めて美しい。

雨情枝垂


須磨浦普賢象(すまうらふげんぞう)
平成2年4月、兵庫県神戸市の須磨浦公園において「普賢象」の枝変わりとして発見された。花色が黄緑色に変化したもので、開花終期には花弁の基部から赤色に変色していく。

須磨浦普賢象


駒繋(こまつなぎ)
親鸞上人が駒をつないだと言い伝えられている有名な桜で、花は白色帯紅の大輪一重で、太白に似ている。

駒繋


麒麟(きりん)
東京荒川堤にあった里桜で、花は濃紅紫色で、花弁数は30〜35枚の気品の高い品種。

麒麟


鎌足桜(かまたりざくら)
千葉県の木更津に古くからある桜で、花弁数は30〜40枚あり、花弁の先が細く屈曲して鎌形をしている。花は淡紅色。

鎌足桜


関山(かんざん)
明治初年東京荒川堤の桜として有名になった桜で、花は濃紅大輪で、花弁数は30枚程である。

関山


高台寺(こうだいじ)
京都洛東高台寺の玄関口にある桜で、花は淡紅白色、花弁数は10〜15枚の優雅な大輪の桜である。

高台寺


衣笠(きぬがさ)
京都平野神社境内にあった一重桜で、花は淡紅色である。神社の後方には、衣笠山と呼ばれる山があり、発祥地との説もある。

衣笠


鬱金(うこん)
古くから知られた桜で、江戸時代に京都知恩院に植えられていたといわれ、樹姿は直立高木で、花は淡黄緑色のショウガ科のうこんの根の色に似ていることから、この名が付けられた。花弁数は10〜15枚ある。

鬱金


蘭蘭(らんらん)
北海道松前で、「白蘭」と「雨宿」との交配から選出育成された桜。花は白色に近く、外面は淡紅紫色。花弁数は15〜20枚ある。名前は、上野動物園のパンダ蘭蘭の死を悼んで昭和55年の子供の日に松前の子供たちが命名した。

蘭蘭


貴船雲珠桜(きぶねうずざくら)
京都洛北の貴船にある雲珠桜で、明治初年鞍馬寺から拝領したものと伝えられている。一重で淡紅色の清楚な桜である。

貴船雲珠桜


糸括(いとくくり)
江戸時代から知られている桜で、花は淡紅色、花弁数は10〜15枚ある。

糸括


綾錦(あやにしき)
北海道松前町の浅利政俊氏が「松前早咲」の実生の中から選出育成したものである。花は淡紅色の大輪で、花弁数30枚弱、花つきがよい。

綾錦


笹部桜(ささべざくら)
水上勉氏の小説「桜守」のモデルとなった笹部新太郎氏が、実生の中から選出育成した桜。直立高木で成長が速く、花は淡紅色で、花弁数は14枚程度の中輪である。

笹部桜


福禄寿(ふくろくじゅ)
東京荒川堤にあった大島桜系の里桜で、花は淡紅色で、花弁は波打つようなしわがあり、かたい感じがする。花弁数は15〜20枚あり、大輪として代表的なものである。

福禄寿


萬里香(ばんりこう)
東京荒川堤にあった桜で、芳香が良いのでこの名が付けられた。花は白色で、花弁数は20〜25枚ある。

萬里香


簪桜(かんざしざくら)
佐野藤右衞門氏が東北の旅の途中、見つけた桜で、花が婦人の簪に似ているところから、この名が付けられた。花は淡紅色で、花弁数は14〜31枚。

簪桜


紅豊(べにゆたか)
北海道松前で育成された桜。花は濃紅色で豊かな重弁(花弁数は15枚程)の桜となったので、この名が付けられた。

紅豊


紅南殿(べになでん)
京都の佐野藤右衛門氏が栽培していた桜。花は紅紫色。

紅南殿


紅手毬(べにてまり)
小手毬と同様であるが、花が赤い手毬の状態となるところから、この名が付けられた。

紅手毬


紅時雨(べにしぐれ)
北海道松前で、「東錦」の実生の中から選出育成された桜であり、紅色の豊な花が垂れ下がって咲くことから、この名が付けられた。花は濃紫紅色で、花弁数は28〜40枚ある。

紅時雨


紅華(こうか)
北海道松前町の浅利政俊氏が実生の中から選出育成した桜で、濃紅色の花が密生して咲き、咲き方が華やかであるとことから、この名が付けられた。花弁数は30〜40枚ある。

紅華


芝山(しばやま)
東京荒川堤にあった一重の桜で、つぼみは極淡桃色で、開花後白色となり少し香りがある。

芝山


紅笠(べにがさ)
北海道松前で、「糸括」実生の中から選出育成されたものである。花は淡紅色で、直径5〜6cmもある大輪で、花弁数は50〜60枚ある。

紅笠


白雪(しらゆき)
東京荒川堤にあった里桜系の名花で、花は白色の一重で、花つきが多い優美な品種である。

白雪


水晶(すいしょう)
花は白色で小輪ではあるが、気品が高い。花の外側はわずかに淡紅色を帯び、散る間際になると中心が紅色を帯びる。花弁数は20〜50枚で、先端に切り込みが多く変化に富んでいる。

水晶


永源寺(えいげんじ)
滋賀県の永源寺の境内にあった里桜でこの名がついた。花は香りがやや強く淡紅色から白色に変わり、大輪で下垂する。

永源寺


渦桜(うずざくら)
元々東京荒川堤にあった桜とされ、花名はしわのある花弁が渦を描くように、ややらせん形に並ぶことによるもの。淡紅色の八重桜で、花弁数は30枚程度。

渦桜


法明寺(ほうみょうじ)
京都府美山町の法明寺境内にあった名花を、佐野藤右衛門氏が接木育成し、命名した。花は淡桃白色である。

法明寺


琴平(ことひら)
香川県琴平神社(金刀比羅宮)境内にある山桜系の桜で、花は微淡紅色で、のちに白色となる。花弁数は6〜15枚ある。

琴平


松月(しょうげつ)
東京荒川堤にあった名桜のひとつで、優雅で華麗な花を咲かせる桜である。花の色は淡紅色であるが、中心は白色を帯びている。花弁は重弁で25枚内外、大輪の花を開き、花梗が長いため花は垂れ下がって咲く。

松月


桐ヶ谷(きりがや)
鎌倉桐ケ谷にあった大輪の花で、紅色の一重八重の美しい品種である。

桐ヶ谷


祇王寺祇女桜(ぎおうじぎじょざくら)
京都嵯峨中院に自生のものを祇王寺の庭に植えたもので、平家物語に出てくる祇王祇女の姉妹にちなみ名付けられた優雅な桜である。花は淡紅色で少し芳香があり、花弁数は15枚程ある。

祇王寺祇女桜


林一号(はやしいちごう)
仙台の植木屋林氏が初めて育成した新しい八重桜で、花弁数は25〜30枚ある。花は淡桃色で楊貴妃に似ている。

林一号


白妙(しろたえ)
昔、東京荒川堤に移植された大島桜系の里桜の一種で、花は白色の大輪で、10〜15枚ある。

白妙


楊貴妃(ようきひ)
昔、奈良地方にあった桜で、つぼみは濃紅色であるが、開花時には淡紅色となり、花色も優れ豊満なので、中国の楊貴妃を連想して世人が名付けた。花弁数は、20枚程である。

楊貴妃


有明(ありあけ)
淡紅色の花で、八重と一重が混じって咲く大島桜系の里桜で、芳香に富んでいる。

有明


御殿匂(ごてんにおい)
花の色は紅紫色。蕾は濃紅紫色で開花とともに花弁の内側から淡紅紫色となり、弁端は紅紫色が残る。花弁数15〜20枚である。

御殿匂


東錦(あずまにしき)
東京荒川堤にあった黒桜で、花は淡紅色で、花弁数は15〜20枚の大輪の優雅な品種である。

東錦


御車返(みくるまがえし)
京都御所にあった里桜の一種。後水尾天皇がこの花の前を通られたところ、花が余りにも美しかったので、再びお車を返して観賞されたという故事により、この名が付けられた。花は淡紅白色。

御車返


松前紅紫(まつまえべにむらさき)
北海道松前郡松前町の浅利政俊氏が、江戸(品種名)と里桜を交配育成することによって生まれた品種です。花の色が紅紫の色調を有することからこ の名が命名されたと言われています。花の蕾は濃紅紫色、開花後に紅紫色になり、花径は4.5〜5.5cm、花弁数は35〜45枚の大輪の花が鈴なりに着 き、下向きに咲く美しい桜です。

松前紅紫


御衣黄(ぎょいこう)
花は黄緑色で、開花が進むにつれて花弁の中心に紅色の縦線が現われる大変珍しい品種で、花弁数は15枚程である。

御衣黄


松前琴糸桜(まつまえこといとざくら)
桜研究家の浅利政俊氏が、昭和34年北海道松前町で毬山家の庭にあった無名の八重桜の大木の種子から作り出した桜。花弁数は40〜45枚で、開花後紅色から淡紅色となる。

松前琴糸桜


普賢象(ふげんぞう)
室町時代から京都地方にある有名な桜で、花の中から葉化した二つの雌しべが突き出し、その先端が屈曲する。その状態が、普賢菩薩の乗る象の鼻に似ているところから、この名が付けられた。花は淡紅色であるが、開花が進むにつれ白色となり、花弁数は20〜40枚ある。

普賢象


早晩山(いつかやま)
東京荒川堤にあった名桜で、花は大輪、花弁の先端に深い切り込みがあるのと花弁の中央に紅の縦線が入るのが特徴で、花は淡紅味を帯びた白色。

早晩山


春日井(かすがい)
奈良春日山の麓にあった桜を京都市の佐野藤右衛門氏が接木育成した桜。花は淡紅色で、花弁数は15〜20枚の里桜。

春日井


朱雀(しゅじゃく)
昔、京都朱雀にあった有名な桜で、花弁数は10枚程あり、花は淡紅色で、外弁はやや濃紅、やや垂れ下がって咲く。

朱雀


南殿(なでん)
チョウジザクラと里桜との間に生じた桜と推定され、花は淡紅色で、花弁数は14〜20枚ある。

南殿


市原虎の尾(いちはらとらのお)
京都洛北市原にあった桜で、その咲く有様は虎の尾のようで、花は淡紅白色で、花弁数は30〜40枚ある。

市原虎の尾


山越紫(やまこしむらさき)
典型的な山桜系の桜で、花は濃紅色の一重である。

山越紫


大島桜(おおしまざくら)
伊豆七島などに自生する桜で、花は大きく一重の白色で芳香がある。潮風煙害に強い。

大島桜


塩釜桜(しおがまざくら)
仙台塩竈神社にあった八重桜で、大輪の花が密生して咲く。花は淡紅色で、花弁数は35〜50枚で縦しわがあり、先端は切れ込みが多く、雌しべが緑色葉化している。

塩釜桜


平野撫子(ひらのなでしこ)
京都平野神社境内にあり、花弁に撫子の花のように切り込みがある。花は大輪の淡紅色で、花弁数は40枚程ある。

平野撫子


御室有明(おむろありあけ)
京都御室の仁和寺にある代表的な里桜で、足もとから淡桃白色の花が咲き、低木状をなしている。一重八重の優雅な品種である。

御室有明


大提灯(おおぢょうちん)
球形の大輪の花が提灯のようにぶら下がって咲く。花は淡紅色を帯びた白色である。

大提灯


太白(たいはく)
日本で品種がなくなり、昭和5年イギリスの桜の収集家イングラム氏から接穂が寄贈され、佐野藤右衛門氏が接木育成したもので、一重白色大輪の名花である。

太白


大手毬(おおてまり)
多数の花が枝の先に密生して咲き、大きい手毬の状態となるところから、この名が付けられた。花は、中輪の淡紅色である。

大手毬


小手毬(こでまり)
大手毬と同様であるが、花は小さい手毬の状態となるところから、この名が付けられた。

小手毬


夕暮(ゆうぐれ)
花は大輪の淡桃色で、夕暮に美しいといわれ、花弁数は10枚程ある里桜で、芳香がある。

夕暮


千原桜(ちはらざくら)
淡い緑を含む白色の花弁は、染井吉野の1.5倍と大きく、1本の小枝に一重と八重とが咲き乱れる様は、誠に見事である。

千原桜


伊豆最福寺枝垂(いずさいふくじしだれ)
静岡県伊豆市の最福寺にある桜。枝は垂れ下がり、花は開花すると白色になる。花は大きく、その昔、満開の頃には、対岸の清水方面から見えたとの話がある。

伊豆最福寺枝垂


伊予薄墨(いようすずみ)
松山市西法寺に原木のある桜で、花は淡紅色で、花弁数は10〜20枚あり、小輪咲きの優雅な里桜。

伊予薄墨


八重紅大島(やえべにおおしま)
花は淡紅色の八重咲き、大島桜系の一品種で、花弁数は26〜35枚、少し香りがある。

八重紅大島


千里香(せんりこう)
東京荒川堤にあった桜で、芳香があるためこの名が付けられた。花は大輪白色で、花弁数は5〜7枚ある。

千里香


一葉(いちよう)
東京荒川堤にあった黒桜で花芯から一本の葉化した雄しべが出るので、この名がつけられたと言われている。花は淡紅色重弁で満開時には白味がかる。

一葉


数珠掛桜(じゅずかけざくら)
新潟県京ケ瀬村の梅護寺にある桜で、花は淡紅色黄桜系で、親鸞聖人が桜に数珠をかけられたという故事から、この名が付けられた。花弁数は200枚程である。

数珠掛桜


兼六園菊桜(けんろくえんきくざくら)
金沢兼六園にある有名な桜で、花弁数は多いもので300〜350枚あり、日本で花弁数の最も多い珍しい桜で、原木は天然記念物に指定されていた。花は淡紅白色。

兼六園菊桜


手毬(てまり)
古くからの桜で、江戸期の園芸書「花壇網目」に記述があるとされている。花がまとまって付き、手毬の様になる。淡紅色の八重咲で、花弁数は10数枚である。

手毬


雨情枝垂(うじょうしだれ)
詩人の野口雨情氏の邸内(現在の宇都宮市鶴田町)にあったところから、その名が付けられた。花は淡紅色で、花弁数は20〜26枚ある。

雨情枝垂








造幣局 桜の通り抜け

4月14日〜20日 10:00-17:00(※今年は夜間ライトアップはありません)
大阪市北区天満1-1-79
HP http://www.mint.go.jp/sakura/index.html


  


 
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組織化された職能集団としての『造幣局』を訪ねて
昨年末のことになるのだけれども、職人研の活動の一環として、造幣局の工場を見学させていただきました。
職人研と造幣局さんの交流会ということで、貨幣の製造現場ではなく、特別に褒章や勲章の製造現場を見学させていただけるという、貴重な体験をさせていただきました。

そのときに書いたレポートの転載許可をいただいたので、今回は一挙公開です☆


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職人さんがズラリと並ぶ、圧巻の風景

造幣局

造幣局


きゅっきゅっ、カリカリ…。しーんと静まり返った工場のなか、整然と作業机が並べられ、数十人の職人さんが黙々と作業に没頭されている風景は、圧巻のひとことです。ときおり、ヤスリをこする音が聞こえてくるのみ。
職人さんの仕事場といえば、ひとり、もしくは少人数で作業されている風景を思い浮かべがちだけれども、こちらはまさに工場さながらの規模。まずその風景に圧倒されます。
しかも、通常の工場のようにオートメーション化されているのではなく、それぞれの作業机で職人さんが職人ならではの精密な手仕事をされているので、ほかでは見ることのない光景です。
貨幣を製造していることでおなじみの造幣局では、じつは、勲章や褒章も製造しています。勲章や褒章は、国家や公共にたいして功労のある方や各分野において優れた行いのある方に授与されるものなので、美麗・尊厳・品格を兼ね備えていることが要求され、熟練した職人さんが細心の注意を払って製造されているとのことです。
今回は、北区職人研との交流会として、特別に褒章や勲章の製造現場を見学させていただきました。
勲章・褒章は、金や銀地金(種類によって違い、デザインを含めて明確な規定があります)に模様をプレスし、仕上げ加工後、七宝を焼き付けて完成させます。
極印・プレス・切り抜き・ヤスリかけ・七宝盛り付け・七宝焼き付け・羽布(研磨)・メッキ・組立と、大きく分けてもこれだけの作業工程があり、機械化できるところは機械化を進めるも、やはり、そのほとんどすべては、熟練の手仕事に依っているとのことです。
たとえば、電気炉に入れて、ゆう薬を焼き付ける作業ですら、電気炉内の温度が場所によって異なるために、時間を区切って細かく場所を移動させなければならず、その感覚もやはり、身体に染み込ませてなんぼ、の世界だそうです。
七宝が入る部分にゆう薬を盛る、焼き付ける…。主な製品は、三回盛り、四回焼き付けます。その過程で気泡が入ってしまったら、もう一度ゆう薬を除去し、手直しをしなければなりません。
切り抜きは主にワイヤーカット機等を使って行ないますが、高級勲章については糸鋸を使用します。最も細い鋸刃は0.1ミリ弱の太さのものだそうです。この極細の鋸刃を折らずに使いこなせるようになるのには、どれほどの熟練を重ねなければならないのか…。
また、ここでしか使わない特殊なヤスリ等の道具も数多くあり、オリジナルの道具については、職員が自ら製作しています。


伝統と同時に進取の気風ある職能集団

さて、そんな職人さんたちですが、身分は国家公務員。その多くは、私たちとおなじように、学校を卒業し、就職試験を経て、普通に就職されてきます。工芸高校出身の方もいますが、普通科出身の方も多く、あらかじめ専門的な知識や技能を持ってこの職に就かれるわけではありません。
もちろん、組織ならではの研修制度などもありますが、基本はやはり、先輩の技を見て、盗むものなのだとか。説明して教えられるものではないことも多く、大部分は、感覚を身体に染み込ませるようにして身につけていくもので、その習得過程はまさに職人世界のそれです。
そうは言っても、昨今の風潮にならって、マニュアル化できるところはマニュアル化し、技術を容易に身につけることができるよう、メソッドを確立させる努力を惜しまないし、機械化できるところは機械化にもトライします。古い体質にこだわっているわけではない。造幣局という組織である以上、合理化は進めなければならないし、むしろ進取の気風すら併せ持つのが造幣局の伝統でもあります。
職人さん個々人の技能の高さや素晴らしさだけでなく、そうした、組織としての職能集団ならではの魅力や特徴までをも垣間見れたことは、人材育成という、組織人なら誰もが抱えるテーマにも繋がることであり、今回の造幣局訪問の大きな収穫のひとつでした。

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写真は、造幣局さんからのご提供です。


さて、こっからは告知。

この職人研もかかわっている「発見! キタの手わざと名品」展が、1月29日〜2月9日にかけて、新梅田シティのウェスティンホテル大阪で開催されます。

職人展

前原商店のお福人形、切子工房RAUの天満切子、提灯舗かわいからは新作の提灯のアレンジ作品、にじゆらの注染てぬぐいなどが展示されます。週末は、販売も行なわれます。
で、造幣局からも、天神祭デザインの七宝の章牌も展示されます。

詳しくは、下記のリンク先をご覧あれ。大阪市北区のサイトをご覧あれ。
大阪市北区 「発見! キタの手わざ 名品と伝統」展のお知らせ。



目にする機会の少ないものばかりなので、興味のある方はゼヒ☆ 無料です。




独立行政法人 造幣局
大阪市北区天満1-1-79
HP http://www.mint.go.jp/
※貨幣工場の見学は10日前までに要予約(tel. 06-6351-6150)。造幣博物館は予約不要
mapを見る


「発見! キタの手わざ 名品と伝統」展
HP http://www.city.osaka.lg.jp/kita/page/0000108965.html
開催:1月29日(土)〜2月9日(水)
販売:1/29(土)、1/30(日)、2/4(金)、2/5(土)、2/6(日)の9:00-12:00と
15:00-18:00
場所:ウェスティンホテル大阪 1Fロビー(大阪市北区大淀中1-1-20)
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※ウェスティンホテル大阪へはJR大阪駅桜橋口改札横の高架下から無料のシャトルバスが出ていて、シャトルバスを利用するとホテル内の対象店舗での食事が割引になるシャトルバスキャンペーンが開催されているので、当日、ホテルで食事する人は、わざわざでもシャトルバスで行くのはアリかと。
詳しくは、ウェスティンホテル大阪のHPを。



某国の秘密アジトに違いない妖しさいっぱいの…、天満の蕎麦屋
滝川公園のすぐそばに、某国の秘密アジトか?ってな趣の店があるのですよ。
妖しくてね。
暖簾がかかってるし、「蕎麦」って書いてあるんで、まあ、蕎麦屋さんなんだろうけれども、そのまま鵜呑みにするわけにはいかない雰囲気があってですね…。だって、窓はないわ、表のドアなんて鉄板に鋲撃ちでっせ!
で、表にある看板は、電気に照らされて、「電氣蕎麦」と書かれてます。
で、入口の頭上にはライトが妖しく明滅してます。

電氣蕎麦

電氣蕎麦

電氣蕎麦って、なに?(笑) 電気じゃなくて、電氣だしね。

電気風呂とか、電気マッサージとかなら聞いたことあるけど、電氣蕎麦ってのは聞いたことがないぞ。
もうね、不思議すぎる!

というわけで、前々から気になってはいたんだけれども、このたび「大阪人」1月号にこのお店が紹介されていたんで、意を決して行ってきたのでした。

まーそれにしても、摩訶不思議なお店でしたな。

店内はね、こんなかんじ。

電氣蕎麦

蕎麦屋という趣はまったくなくて、むしろ、クラブ。
店長自作だというアナログシンセのハウスっぽい妙な電子音が流れていて、ビートがあるわけでもなければチルアウト系でもないという、音楽以前の音がね、めーっちゃ居心地悪いです(笑)

ほいで、この内装。四方八方、鋲が撃たれた鉄板に囲まれていて、潜水艦か!ってかんじ。息苦しいったらありゃしない!とはこのことです。。
まー、よくもまー、ここまでヘンテコリンにしたな、と。

蕎麦はですね、各種美味いですよ。まともです。というか、上等☆
これは、マグロの山かけ。店内が店内なんで、こんな色目になっちゃってるけど(色補正してこれだよ…)。

電氣蕎麦


でもなー、やっぱ息苦しい。
んで、音楽が乗れない。乗れない音楽って、キツいわ。
それとね、接客がね、僕とは相性がよくない。朴訥でつっけんどんで、それ自体は気にならないけど、なーんかね、相性よくないわ。




電氣蕎麦
大阪市北区天満3-5-1 アイアンドアイビル1F
tel 06-6809-5260
19:00-翌3:00 ※大晦日は朝5:00まで
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北区にも紅葉の名所があります
紅葉といえば、京都か奈良。少なくとも、北区に紅葉スポットはないよな、と、ずーっと思ってきました。
そう思っていた折、F女史から、大川沿いの桜並木が紅葉した風景はなかなか見応えあるよ、と聞いて、桜のオータム・リーブスはノーマークだったので、ちょっと行ってきました。

桜って、たしかに紅葉するし、仲秋の季語に「桜紅葉」があるのも知ってるけれども、でも、すぐに散るしなあ。歯が欠けた櫛みたいになるし、そんなキレイかな?と、ちょっとした疑念も抱えつつ、チャリをこいで行ってきたのでした。

場所は、天神橋から天満橋を抜けて、川崎橋あたりの一帯。造幣局の通り抜けを含む、桜の並木です。

天神橋の真ん中まで行って、川上に視線を向けたとき、息を飲みましたですね。
見事な桜紅葉。まさに、錦秋です。
いわゆる銀杏や紅葉と違って、桜のそれは彩度が低くてくすんではいるけれども、そのぶん、侘び寂びも憂いもたっぷりに含んだ、心に沁みてくる静寂がにじり寄ってきます。橋の上から並木を眺望すると、枯山水のような趣をたたえた、一幅の絵です。

桜紅葉 大川

桜紅葉 大川

桜紅葉 大川


春に花が満開になって、花びらが散って川面を埋め尽くすとき、花筏となり、
晩秋には、桜紅葉。種類によっては、この時期に小さくて白い花を咲かせる寒桜もありますね。

桜というのは、人間が人間のために改良を重ねてきた、自然と人工が結節する極点のような存在だけれども、この時期、これほどの美をもたらしてくれるとは、知りませんでいた。
秋の楽しみが、ひとつ増えました。



そして、桜紅葉は、近寄ってみるとダメ。やはり落葉が早いせいもあってか、櫛の歯が欠けたようで、少しみすぼらしいかんじがします。
遠くから見て楽しむのが一番いい、なにやら芸能人のような(笑)

桜紅葉 大川


ただし、近寄ってみると、この、桜紅葉の絨毯を楽しむことができます。
この落ち葉を眺めているだけで、無心になれそうです。

桜紅葉 大川


中之島公会堂の桜紅葉は、見事なグラデーションを形成してました。
今年の京都の紅葉がそうだけれども、グラデーションになっている紅葉が、どうやら今年のトレンドみたい。
紅葉は気まぐれだから、毎年、読み切ることは難しいけれども、今年はどうやら、アタリの年みたいです。

桜紅葉 大川



この風景を教えてくれたF女史、ありがとう。
たからものが増えました☆





かつて天満に、徳川家康を祀る東照宮があった
 川崎東照宮跡碑 

東照宮というと日光東照宮、徳川家康を祀っているところだけれども、じつは東照宮っちゅーのは日本全国にあります。

徳川家康というカリスマが亡くなって、2代将軍である秀忠が治めるようになったとき、治世を盤石なものにしようとする一環で、家康を東照大権現という神に格上げするために東照宮は建てられたわけです。

日光の東照宮を総本山とし、全国各地にその摂社を建てて、威光を全国に知らしめます。
もちろん、大阪にも。というか、大阪は反江戸の拠点だったわけなので、ここに睨みを利かさないわけにはいきませんわな。

大坂夏の陣で豊臣方が破れて以降、その戦功によって大坂の地を与えられ、復興にあたっていたのは、家康の外孫である松平忠明です。
その松平が、東照宮建設のために目を付けたのが、大阪城の北、天満川崎の地にあった織田有楽齊の別邸跡地。現在の造幣局から滝川小学校のあるあたりに、東照宮を造営します。



その後、大坂は幕府の直轄地となり、城代が置かれるわけですが、川崎東照宮は、その後も幕府の庇護下で威光を放ちます。人事の異動などで城代や町奉行に新しい人が赴任するたび、彼らはまず最初に川崎東照宮に参拝したといいます。そりゃそうだわな、なんてったって、時の権力者の神さんなんだから。

一般人は、普段は東照宮の境内に入ることができませんでした。
ただ、毎年、家康の命日である4月17日前後に行われた権現祭りのときだけは、参拝することが叶ったんだとか。大変賑わったらしいのですが、太閤さんのお膝元で、なんだってそんなに盛り上がったんでしょうか?ちょっと不思議です。

そうそう、大塩平八郎が、一度、川崎東照宮を焼失させています。1837年(天保8年)のこと。
直情型でイケイケドンドンのおやじさんは、ここら一帯、次々と爆破してますからな。

その後、再興成ったんですが、幕末から維新の動乱期に、川崎東照宮は急激に衰退することとなります。
鳥羽・伏見の戦いで幕府方が敗れ、大坂から江戸へ引き上げるわけですが、そのとき、川崎東照宮のご神体も移されています。幕府の抱えていた危機感が、こっからも見てとれますね。
廃絶したのは、1873年(明治6年)。つまるところ、徳川幕府隆盛のために存在した川崎東照宮は、徳川幕府誕生とともに生まれ、幕府と運命を供にしたわけです。

現在、滝川小学校の正門横に、かつてここに東照宮があったことを示す碑が、建てられています。

川崎東照宮跡碑



強者どもが夢のあと、といったかんじですね。

なお、遺構として、当時、使われていた灯籠が、現在、大阪天満宮の登竜門横に安置されています。

川崎東照宮跡碑





川崎東照宮跡碑
大阪市北区天満1-24 滝川小学校正門横
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半年ぶりにSDA大阪センター教会のパイプオルガン・コンサートに行く
SDA大阪センター教会 パイプオルガン・コンサート


2ヶ月に1回開催される、SDA大阪センター教会のパイプオルガン・コンサートに行ってきました。

前回行ったのは2月だから、約半年ぶり。

天満橋のたもとにSDA大阪センター教会というキリスト教会がありまして、教会のてっぺんに据え付けられているロザリオはわりと遠くからもで見えるし、夜になるとライトアップもしているので、ご存知の方もいらっしゃるかと思います。

そのSDA大阪センター教会には礼拝堂にパイプオルガンがありまして、ときどき演奏会を開いてくれているのですね。
宗教臭がないわけではないし、厳かなかんじではあるんですが、教義を強要されたりするわけでもなく、行儀よくさえしていればカジュアルな心持ちでふらっと聴きにいくことができるので、午後のひとときを心地いい雰囲気で過ごしたいときにピッタリです☆ パイプオルガンの音色が聴けるって、そうそうあることじゃないし、これ、おススメです。といって、2ヶ月に1回しか開催されないんだけれども…。

過去2回のエントリーは、こちら。

「SDA大阪センター教会のパイプオルガン・コンサートに行き、ついでにパイプオルガンの構造をつぶさに教えてもらう☆」

「SDA大阪センター教会のクリスマス・パイプオルガン・コンサート」


今回は、

バッハの小フーガ ト短調 BWV.578番、コーラル「最愛のイエスよ、我らここに集いて」
成田為三の「浜辺の歌」
Ch.ヴィドールの「オルガン交響曲5番」からトッカータ ヘ長調

の3曲でした。

「浜辺の歌」は倍賞千恵子が歌っていたような記憶がありますが、爽やかなテイストを残しながらも、パイプオルガンらしい荘厳な音色で奏でられて、上手いことアレンジしてはると思いましたです。

ところで、温度や湿度が変化することは楽器にとって大敵だけれども、パイプオルガンは、据え付けなので、そのあたりのコントロールに大層気を使う必要があるらしいです。コンソール(鍵盤部分)からパイプまでを繋いでいるトラッカーは木の板でできていて、やはり温度や湿度によって滑りが悪くなって、パイプの開閉ができなくなる事態に見舞われるそうです。そうならないよう、建物全体の空調に気をつけなければならんとか…。

この夏の尋常でない暑さは、パイプオルガンにとっても大敵のようです。



次回のアフタヌーンコンサートは、10月7日(木)12:20〜12:50




SDA大阪センター教会
大阪市北区天満2-2-10-201
tel. 06-6351-8577
HP http://sda-osaka.jp/

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エンボス加工屋さんの看板はやっぱりエンボス加工!
進々堂紙工所


天満宮の周辺にはかつては細かい印刷屋さんがたくさんあって、そのせいでデザイン会社やら編集プロダクションなんかもたくさんあったんですが、今はどうなんでしょうかね? 取引先が固定されちゃってるんで、長いことそっち方面の人たちと仕事してないんですが、皆さん、ご健在でしょうか?

で、久しぶりにあの界隈をチャリでウロウロしてたら、看板と言うか、…よう見たら建物の壁に直接貼り付いてる屋号を見つけて、へえ〜、と思って、近づいてまじまじと見てしまいました。

進々堂紙工所
エンボス加工屋さんの屋号の看板(?)が、エンボス加工になってる!

これ、考えましたね〜。
見る人が見たら、ひと目で、エンボス加工屋さんなんや〜!ってわかります。


エンボス加工っちゅうのは、記念のアルバムだとか、ちょっと高級そうな冊子の表紙に印刷する文字を浮かび上がらせて、凹凸をつけて高級感を出す加工のことです。

名刺のロゴのところだけ凹凸がついてるやつとか、あんなんもそうです。むかしはレターヘッドとかもありました。
商品のパッケージなんかにも、よく使われてますな。

裏面から型を押し上げて浮かす方法(この場合は裏面は凹みます)、表面に特殊なインクを付着させて凸部を形成する方法(この場合は裏面は変化なし)があって、見た目と手触りの双方から効果を与えることができる加工です。

エンボス加工+金箔の箔押しで、浮き上がったところに金箔が乗っかっていて、金文字がさらに豪華になるなんて加工もあります。

僕が好きなのは、シルクスクリーン印刷で、金やらパールやらを一面に印刷して、そのあとで空押し加工したもの。空押しされた部分の粒子がつぶれて、そこだけフラットになり、まるで箔押ししたような艶出しの効果が得られます。控えめで品があるので、ときどきやります〜。






進々堂紙工所
大阪市北区天満4-16-13
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風の万華鏡と大八車
天満宮から大川に向かって歩いていたら(一直線じゃなくて、いくつか曲がったけど)、こんな建物を見つけました。

風の万華鏡


しょっちゅう通ってる道だし、きっとこれまでにも何度も見てるんだろうけれども、全然気づいてませんでした。アンテナが鈍いんだろうな(笑)

でも、こういう機能面から見ると価値がまったくないものにカネを突っ込むセンスは、大好きです。

ブレーンセンターってところが施主みたいですね。調べてみたら、同業みたいだけれども(笑)

「風の万華鏡」っタイトルがついてました。動くのかな? なんか微妙に動いてるみたいです。


で、しばし眺めて、再び歩いてったら、次のブロックで、こんなものを発見。

大八車


大八車?
先頭にフックがついてるんで、車にでも接続して、引っぱるんでしょうな。
なにを運んでるんでしょうかね?

天満ってところは、古いもんが残ってる一方で、新しいもんもあって、その両者が絶妙のバランスで共存しているところが魅力、のような気がしないでもありません。



風の万華鏡
大阪市北区天満4-2-13
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