大阪市の北区をグルグル巡るブログ | 大阪市の北区メインでいろいろ仕事をしてます。仕事場も住んでるところも大阪市北区なので、北区をグルグル巡って、目にしたもん耳にしたもん感じたもんを、つらつらと書いています。

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茶屋町と芝田2丁目で開催された「非公式」のキャンドルナイト☆
6月6日、茶屋町ではキャンドルナイトが開催されてましたな。

最初のころは、毎回行ってました。
でもねー、ここ数年は、積極的には行かないですね。
なんちゅーかね、騒々しくなりすぎたというか…。

最初は、静かに、シンプルに、キャンドルを道に並べて、灯していました。
訪れる人たちも、今ほどじゃなかった。
そっから思うと、隔世の感がありますね。

でも、今はどうだろう。
アーティストの卵たちによる、キャンドルを使った作品の発表の場となり、これでもかとロウソクが灯され、若い人たちが群がり、キャーキャーとお祭り騒ぎをし、それはそれは楽しそうです。
うん。楽しいと思う。動員もすごいことになってます。関係者の皆さんの長年にわたる努力には、敬意を表します。
でも、楽しいぶん、闇はなくなりましたね。

まちにキャンドルを灯すのは、柔らかな灯りによって現出させられる闇を楽しむためのものだと、僕は思っていました。
灯りによって闇を楽しむ。キャンドルナイトの神髄は、そこにこそあるのだと、僕は思っていました。
でも今は、違うんでしょうかね? なにやら、キャンドルナイトに参加する人たちは、皆、集客の魅力を目当てに集まっているように、端から眺めていて、見えます。
そのような意趣替えが行われたのなら、それはそれでいいのですが、僕は魅力を感じないです。

そんなわけで、当初は行かないつもりだったのだけれども、行ったんですね。
ちょっと理由があって。

それは、おなじ茶屋町のなかにあって、でも、公式ではない、勝手連的なキャンドルナイトが同時開催される、と、聞いたから。
旧梅田東小学校跡地を利用して、地元の有志のみなさんが集まって、キャンドルナイトを行ってはりました。

18時開催だと聞いていたので、その時間に行ってみたら、まだ設営中。でも、その時間はまだ明るいからね(笑)

キャンドルナイト


誰かの作品発表の場というわけではなく、思い思いにキャンドルグラスを並べてはりましたね。
夜になると、いい感じで闇が出現してました。

キャンドルナイト

キャンドルナイト

キャンドルナイト


結構、たくさんの人がこちらにも流れてきてました。
でも、全然、騒々しくなかった。静かに、柔らかい灯りと闇を楽しんではりました。それがよかったなー。
サックスとギターのミュージシャンが隅っこで、メロウな音楽を奏でてはりました。

ここは、なんもない空き地だけれども、ひとつだけとびっきりのものがあってね、これです。

キャンドルナイト

キャンドルナイト


HEPの観覧車がドーンと目のまえにそびえていて、キャンドルと観覧車のツーショットが拝めるのですよ。
これ、この会場だけの特権ですね☆

都会のアーバンな雰囲気と、柔らかな灯りと闇。都心ならではのものがあって、かつ、キャンドルナイトらしい趣がある風景。これは素敵でした。



ほいで、じつは、もいっこ、同時開催で勝手連的に行われたキャンドルナイトがあるんです。
茶屋町から阪急電車を挟んで西、さらに道路をわたってJRAのあるあたり、工事中のうめきたのすぐ手前、芝田2丁目です。あのあたりでも、こじんまりと、ひっそりと行われていました。

FBで知り合った方にお知らせをいただいて、こちらも覗いてみました。

ここもよかった!
ここもね、飾り気がなくて、ひっそりと、秘め事のように行われてました(笑)

キャンドルナイト

キャンドルナイト

キャンドルナイト

キャンドルナイト


作品化されたものが、ひとつだけ。

キャンドルナイト



光が溢れておらず、闇のなかをマイルストーンみたいにして存在している柔らかい灯。
ほんまにね、これくらいがちょうどいいと、僕は思います。


茶屋町の公式の賑やかなキャンドルナイトの両サイドでひっそりと行われた勝手連キャンドルナイト。
だいたいさ、非公認とか非公式とか無理矢理とか裏○○とか、そーゆー冠がついたもののほうが、はるかに魅力的だったりするのは、古今東西を問わず世の常ではないですか。

僕はこっちのほうが好き☆


MBSで行われた天満中学校吹奏楽部によるコンサートから町会の役割を考える
12月4日(日)、お昼の14:30〜、茶屋町にあるMBSの1Fロビーで、大阪市立天満中学校の吹奏楽部の生徒さんによるクリスマス・コンサートが開催されたのでした。

梅田スノーマンフェスティバル クリスマスコンサート


急激な気温のアップダウンやら天候やら心配されたのだけれども、絶好のお出かけ陽気になりましたですな。

主催したのは、このあたりの地域組織である梅田東連合町会
新市長に就任する橋下さんが、予算全カット!事業別に見直す!ってすでに公言している、振興町会が主催したのでした。

演奏されたのは、

翼をください
My Sunshine
クリス・クリングルス・ジングル
グレート・ジョイフルマーチ
クリスマス・ディスコ・キャロル

の、5曲。
30分強の演奏でした。

エントランスのドアを開け放しておいたので、外に流れる音楽を聞きつけて入ってくる人、生徒たちの親御さん、応援に駆けつけてくれたクラスメイトたち、そして地域のオジィやオバァたち。
そんなに広い会場ではなかったこともあって、一瞬で、人垣ができてしまったのでした。

梅田スノーマンフェスティバル クリスマスコンサート

梅田スノーマンフェスティバル クリスマスコンサート

会場を提供してくれたMBSは、言わずとしれた、茶屋町にある企業。そこが、CSR(企業による地域貢献)の一環として会場を提供し、町会の人たちが企画し、ポスターや看板を自作し、中学校の生徒さんに演奏をお願いし、実現したのでした。

茶屋町TVも取材にきてくれて、コンサートを生中継してくれました。

梅田スノーマンフェスティバル クリスマスコンサート


中継現場で同時に放送を見る贅沢(笑)

梅田スノーマンフェスティバル クリスマスコンサート

人件費と会場費が無料だから、かかった費用って、どれくらいだろ? 雑費と保険くらい。微々たるもんです。高校生のひと月の小遣いくらいですかね。

町会ってところはおカネをたくさん持っているわけではないし、権力を持っているわけではないけれども、地域に張り巡らされたネットワークのハブとしての役割を果たすことができますね。

今回のコンサートのように、町会を真ん中に置いて、地域に根ざした企業と学校を繋ぐことで、ほとんどおカネをかけずに、ノウハウを持ってないことでも、できちゃうことがあります。

町会って、加入者数もどんどん減ってるし、無用の長物みたいに言われることがあります。
事実、年寄りだけで牛耳って、意に添わない新参者を排除したり、情報を独占できる立場を利用して、しょーもない圧力をかけたりと、閉鎖的なところもあると聞きます。挨拶がない!とかね。バカみたい。

でも、どんな地域にだって、さまざまな有形無形の資源があって、その資源を繋げて化学反応を起こさせることができるような、ハブ的役割を果たすことができるようなネットワークは、今のところ、町会しかないような気もします。
また、そうした資源を有効活用するには、役割を担うには、閉鎖的ではなくオープンなネットワークでないと、せっかくの資源も有効活用できません。

まちづくりの最小単位である町会ができることは、もっともっとあります。
今回のコンサートにしたって、イベント制作のノウハウを持った人や、広報のノウハウを持った人、つまりクリエイターが入っていれば、と思うと、伸びシロはまだまだあります。

こんなこともできるんだぞ、と思うと同時に、まだまだできる、とも思った、今回のコンサートでした。




梅田スノーマンフェスティバル クリスマスコンサート
日時:12月4日(日)14:30-15:10
会場:毎日放送1Fロビー





ホームレス雇用創出×放置自転車対策=レンタサイクル。homedoorが梅田ロフトでレンタサイクルの実験をやってます☆
今、梅田のロフトの入口に、白のかわいいチャリが数台置かれています。
見ると、「HUB chari」って書かれてますね。

どうやら、ベリブ(レンタサイクル)の実験をされているようです。
期間は、7/10(日)まで
実験なので、アンケートに答えると、1回200円の料金が無料になります。

HUB chari

HUB chari


Homedoorという、学生さんが起業してNPO法人化を目指している団体があって、昨年の11月に、こちらの代表の人が、僕にコンタクトをとってこられました。
代表の方は、まだたっぷりと幼さの残る女性の学生さんでね。
ホームレスの雇用創出のためボランティア団体で、そのときのメールの文面、ブログから伝わってくる匂いは、もんのすごく社会正義に溢れていた人たち、というイメージ。

僕は、正義という言葉は大キライだし、見知らぬ人から熱をダイレクトに当てられるのも好きではないので、本当は会うのも気が進まなかったのだけれども、でも、学生さんたちが熱心にやろうとしていることにたいして大人がそれを無碍にしていい道理などあるはずもないので、時間をつくってお会いしたのでした。それが昨年の11月のこと。

お会いしてみると、やはり、熱く理想を語られました。
や、理想を語る人は、僕は好きです。面と向かって、やりたいことや叶えたいことを真っすぐに語る人は、僕は大好きです。
でもそこに、公共のためだとか、ホームレスのため、○○のため、といったエクスキューズがついたり、自分のやっていることが正義!みたいなものが漂うと、僕は、いつも口をつぐんでしまいます。
なんのためであってもいいし、正義なんてあってもなくてもいいけど、核となるところは、自分はこれがしたい!という、欲望であるべきだと、僕は思っています。まず最初に、その欲望こそが語られるべきで、諸々の○○のためというエクスキューズは、その次でいい。
誰かのため、なにかのため、というのは、ギリギリのところを踏ん張れる動機としては弱いと僕は思っていて、まず、自分自身の心が充実するのかどうか、というところと向き合いたいと、僕は思っています。

その意味で、Homedoorの方たちは、ホームレスの人たちと接するなかで心のなかのなにかが大きく動いたという個人的な体験があって、そのうえで、なんとかしたい!という思いを、抱えてはりました。
エクスキューズの方が少し強いような気もしたけれども、でもそこは学生さんです。思いはたっぷりある。これからなんぼでも頭を打っていけばいいと思うし、僕も、出せる情報は出せるだけ出しました。
で、最終的には、「人」と繋がっていくことだよ、と、アドバイスしておいたのでした。
思いを持ち続けて行動していくと、必ず、その熱に当てられた人が集まってくるし、人さえいれば、おカネやブツは、最終的にはなんとかなります。
そういうことを、お伝えして、そのときの会談を終えたのですね。

あれから、8ヶ月。
特に連絡をとりあうこともなかったけれども、やりましたねー☆

彼女たちは、あのときに語っていたことを実現するべく、一歩一歩、進んではりました。

今回、梅田ロフトで実験的に行なわれている「HUB chari」は、レンタサイクルの実験です。
梅田ロフト、中崎町の済美福祉センター、西本町のUSTREAM CAFE OSAKA、大阪城公園の近くにある谷町空堀の4ヶ所に拠点を置いて、この4ヶ所のうちのどこからでもチャリをレンタルすることができて、どの拠点に乗り捨ててもいいという、フランスのベリブ方式のレンタサイクル・システムです。

協力してくれるお店や団体には、軒先を提供してもらい、そこにレンタサイクルの拠点を設置します。
これ、「ノキサキ貢献」と、彼女たちは呼んでいます。
今回の実験では、「ノキサキ貢献」してくれたところが梅田ロフトをはじめ、4ヶ所あるということですね。

そこには小さなフラッグが立てられているので、そこで自転車を借りることができます。
利用する際には、身分証で本人確認をしたうえで、会員登録を行ないます。
で、チャリをレンタルし、4ヶ所の拠点のどこかに乗り捨てればオッケー。

HUB chari

HUB chari


原資となる自転車は、放置自転車。修理し、それを使います。
この、自転車を修理する人件と、レンタサイクルの拠点に配置する人員を、ホームレスの人たちの雇用創出に使います。
放置自転車問題とホームレス雇用の双方を解決する一助として、このプロジェクトはあるのですね。

これ、そのまんま、8ヶ月前に彼女たちが僕に語ってくれたことです。
あのときは、まだ、思いだけで、影もかたちもなかった。
でも、8ヶ月で、社会実験をするところまでこぎつけたのですね。素晴らしいな。

僕も梅田界隈で放置自転車問題に取り組み、レンタサイクルの可能性をずっと探っているけれども、いつの間にやら、先を超されてしまいました。

実験は、7月10日の日曜まで。
今回は、ホームレスの人たちを交えているわけではないので、雇用促進というところまでは行っていないようです。

でも、今回の実験を契機に、来年には本格稼働させたいと、彼女たちは言っていました。

上手くいけばいいな。





HUB chari 実験
7月3日〜10日実施

主催:Homedoor
http://ameblo.jp/rikkaman/

ユメコラボ
http://yumecolabo.jp/topics/detail.php?tid=102

HUB chari拠点 梅田ロフト
大阪市北区茶屋町16-7
http://www.loft.co.jp/shoplist/umeda


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NUchayamachiプラスのオープン前にヌーが大移動と「鶴乃茶屋跡」碑が復活☆
NU chayamachiプラス4月29日(金)にオープン予定で、すでにオープニングのイベントがはじまっていると聞いて、行ってきたのでした。

オープンもしてないのにオープニングのイベントってなんじゃらほい?と思っていたら、どうやら、NU chayamachiにいらっしゃるNU(ヌー)が新館のプラスに向けて、大移動してはるらしい、と。

詳しくは、NU chayamachiプラスのHPをご覧あれ。

http://nu-chayamachi.com/nu_plus/index.html

行ってみると、大移動中でした(笑)
ま、どーでもよろしいが、ちょっとかわいいです☆
全25頭いるらしいです。

NU chayamachiプラス

NU chayamachiプラス

NU chayamachiプラス

NU chayamachiプラス

NU chayamachiプラス

NU chayamachiプラスがオープンする前日には、顔になる「コマヌー」が2頭、登場するんだとか。

ちなみに、NU chayamachiプラスには、ファッション&雑貨、インテリア雑貨&コスメ、カフェ&ダイニングのそれぞれのお店が、フロア別に入るみたいです。スタンダードブックストアがミナミからやってくるらしいので、茶屋町はもう、まち全体が本棚になるんではなかろうか?(笑)

上層階は、マンション。

施設の詳しい内容は、オープンしてから覗いてみて、それからですね。

さて、大移動中のNU(ヌー)を冷やかしにいってみたら、まだ柵がしてあるNU chayamachiプラスの敷地内に、「鶴乃茶屋跡」碑を発見しました☆
これ、もともとこの場所にあったものだけれども、工事とともに撤去されて、その後、再びこの地に設置するのかどうか未定だった碑です。

でも、ちゃーんと復活してる☆

鶴乃茶屋跡碑


そもそも、このあたりを茶屋町と呼ぶのは、茶屋町を縦断する池田街道筋に、「鶴乃茶屋」「車乃茶屋」「萩乃茶屋」と呼ばれる3軒の料理茶屋が賑わっていたのに由来します。
だから、この跡碑は、茶屋町のルーツを示す、重要な跡碑です。その意味でも、この復活は嬉しいですな。

ちなみに、明治の頭、ここらは菜の花が咲き乱れ、花を愛でながら一杯、というかんじでお茶屋さんが林立し、そのなかのひとつ、鶴乃茶屋は、豪商松並竹塘が2羽の鶴を放し飼いにしたのがその名の由来ですわ。

茶屋町は、江戸時代までは大阪市街地から離れた旧中津川沿岸に近い野原であり、茶屋町の形成がはじまったのは、明治に入ってからだとされています。
1874年(明治7年)に鉄道が開業し、梅田停車場(現在のJR大阪駅ね)が設置されたことにより、周辺の開発が本格化します。
で、1900年(明治33年)に地名が北野茶屋町となります。そう、このあたりは、北野と呼ばれる場所だったのですね。北野高校も当時はこの場所にありました。今、北野の名残を残しているのは、北野病院くらいだけれども。

さらに1924年(大正13年)に、地名が茶屋町となり、一部が鶴野町、芝田町、小深町に分離します。

というわけで、明治からこっち、このあたりは歓楽街となり、1990年代にはじまった再開発でたくさんの施設がオープンやリニューアルし、NU(ヌー)も大移動をはじめた、と。

NU chayamachiプラスは、4月29日(金)オープンです。

この、高い建物が、そうです。

NU chayamachiプラス




NU chayamachiプラス、鶴乃茶屋跡碑
大阪市北区茶屋町8-26
物販 / 11:00-21:00 飲食 / 11:00-24:00
HP http://nu-chayamachi.com/nu_plus/


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「ラピーヌ」でロコモコを食べながら、ロコモコのウンチクを語る
ラピーヌ

茶屋町のNuの一角に、アーリーアメリカンなお店がありまして、ときどき行きます。
Nu chayamachiができる以前からやってはるお店なので、Nu chayamachiができたときに、そこに移ってます。
「ラピーヌ」というお店。

Nu chayamachiの裏側、スニーカー屋さんの向かいあたりにお店があって、1階がブティック、2階がライブスペース、3階がカフェになっているお店です。

ちょっとややこしくて、Nu chayamachi正面の敷地のところに、そこだけ建物から独立して地下に降りるところがあって、そこも「ラピーヌ」というんですが、そっちはパスタ系のお店で、べつのお店。まあ、親類がやってはりますが、べつのお店です。

どっちもいいお店ですが、今回は、Nu chayamachiの裏側の「ラピーヌ」。
アーリーアメリカンなお店で、大阪におけるビンテージ・デニムや復刻デニムの草分け的なお店ですわ。
ラグタイムやフラの音楽が流れ、ビンテージもののジーンズやアロハが売られているお店、といえば、イメージしやすいかと。ウクレレの教室なんかも開催されとります。

で、僕は、ここに来たときは、きっと、ロコモコランチを食べます。

ラピーヌ


で、ここで、ロコモコについてのウンチク披露(笑)

ハワイイでは、ハワイイ人だけが住んでいるように思われているけれども、じつはそんなことは全然なくて、そもそも、労働に連れてこられたスパニッシュがギ ターを持ち込んで、ウクレレが誕生してますわな。日系人はアロハを発明してるし、コリアンもいればアイリッシュもいて、もともとのポリネシアンがいてます から、わりに多人種の島。

第2次世界大戦でドンパチやってる1949年に、リチャードとナンシー井上夫妻が、ヒロのキノオレ通りとポナ・ハワイイ通りの角に、小さなレストランを開店したのでした。
ポナ・ハワイイ通りを挟んでリンカーン公園があるので、「リンカーン・グリル」って店名ですね。
「リ ンカーン・グリル」のメニューは、主としてハンバーガー、ホットドッグ、パンケーキ、ビーフシチュー、サンドイッチ、スパゲッティー。店の近くに、ヒロ高 校やリンカーン公園があるので、若い人たちが連日押し掛けて、まあ、学校の近所にある安くてボリュームのある料理が食べられる食堂、ってノリで繁盛してい くわけです。朝6時〜夜の11時まで、目のまわる忙しさ。

そのころですな、ヒロには、アメフトのチームが2チームあって、それぞれ「リンカーン・レッカー(難破船略奪者)」と「ワイケア・パイレーツ(ワイケアの海賊)」が、毎週末、リンカーン公園のグランドで猛烈なアメリカン・フットボールの闘争をしていたわけです。ヒロ・ダービーですな☆
世界中、あらゆる地域で展開されるどんなダービーもそうだけれども、ヒロのダービーも熾烈で、しばしば乱闘騒ぎに発展することもあったんだとか。

そんな試合のあと、「リンカーン・レッカー」の連中は「リンカーン・グリル」に行き、ビールとハンバーガーで気勢を上げるのが常なのでした。
一 方で、「ワイケア・パイレーツ」のメンバーは、カメハメハ通りの「カフェ100」に集合して、その日のゲームを振り返って、やはり気勢を上げるのでした。「カフェ100』は、店のオーナーが、第2次世界大戦でイタリアとフランスの戦線で活躍したハワイイ2世で構成された100部隊に属していたことに由来し ています。
このころ、ハワイイに移住した日系人は、ルーツを日本に持ちながらも日本を相手に戦争せざるをえなかたっという悲劇があるけれども、その話をはじめてしまうと話はとめどなく横道にそれてしまうので、それはまたってことで。

ある日ですな、ヒロ高校の生徒数人が、行きつけの「リンカーン・グリル」で、今日、オレは財布に35セントしか持ってないねんけど、めちゃくちゃ腹が減ってるから、なんでもいいから35セントでできるものを食べさせてくれ!って頼んだんですね。
んで、ナンシーは、サイミンボール(ラーメン鉢)に熱々のご飯を入れ、そのうえにハンバーグと目玉焼きを置き、つくり置きしていた牛肉のタレをかけて、こいつらに出したんですわ。

これが、大受け☆
で、ヒロ高校で評判となり、この料理は「ロコ・モコ」と名付けられたのでした。

命名にはいくつかの説がありまして、
クレイジーな料理だから、クレイジーの意味であるロコに、ゴロがいいモコを引っ付けて、「ロコ・モコ」。
あるいは、「ロコモーティブ(機関車)」みたいに活気のある若者を象徴しているから、「ロコ・モコ」。
あるいは、ハワイイはピジン英語(もともとの現地語とまざった英語ですな)なので、ローカルでしか通用しないから、それをもじって「ロコ・モコ」。

ま、いろいろあるのですが、とにかく、ロコ・モコはこうやって誕生したのでした。

ヒ ロはもちろん狭い街だから、噂はたちまち広がっていき、どの店もロコ・モコを出すようになり、「ワイケア・パイレーツ」のメンバーたちが贔屓にしていた「カフェ100」でもロコ・モコを出すようになり、たちまちハワイイ中を席巻していくわけです。1980年代に入ると、アメリカ本土の大学の学食にまでメニューが載るようになり、ついにアメリカ全土でその存在が認められるまでになった、と。

井上夫妻はケンタッキー・フライドチキンみたいに特許申請をしなかったので大儲けすることはなかったけれども、今は引退して、ハワイイ島の南部で有閑な生活を送っているらしいです。

さて、1984年に「カフェ100」がロコ・モコの特許を申請して、自分ところをロコ・モコの誕生の地と宣伝しはじめます。誕生の地だという宣伝は、「リン カーン・レッカー」のOBたちの抗議によって取り下げられたけれども、特許はどうしようもないです。もっとも、ロコ・モコを発明した井上夫妻にとっては、ロコ・モコがひろがったことが一番嬉しいことで、それ以外の名誉や儲けについては、どこ吹く風というかんじらしいですが。。。。


ロコ・モコも、今や完全に日本に定着しましたですな。
ワンプレート・メニューはもともとは日本の料理には存在しないけれども、日本には丼があるから、こういう食べかたは、受け入れられやすかったんでしょうな。

というわけで、僕は今日、久しぶりに、「ラピーヌ」でロコモコ・ランチを食べているのでした。




ビンテージ・ブティック&カフェ「ラピーヌ」
大阪市北区茶屋町10-9
tel. 06-6375-1433
11:00-23:00
無休
HP http://homepage2.nifty.com/lapine/
mapを見る


年末夜警は楽しいぞっ!
年末夜警 

火の用〜心!
焼肉屋さんのまえを通ったら、肉は焼いても家焼くな〜!
居酒屋さんのまえを通ったら、魚焼いても店焼くな〜!
梅田は、場所柄、住んでる人よりもお店や企業さんが圧倒的に多いので、年末夜警のかけ声も、勢い、そんなかんじになってきます。
12月28、29、30日は、例年、年末夜警の日。
夜7時に旧梅田東小学校に設置された詰所に集まって、夜11時まで、何度か見まわりを実施します。
揃いの帽子、揃いの防寒着を着て、懐中電灯や拍子木を持って、夜まわりです。

茶屋町のおしゃれスポットを練り歩き、新御堂筋を超えてJRのガード下を北へ進み、豊崎の手前で西へ進路を変えて阪急電車の線路を目指し、線路の下を超えて済生会病院の横を歩き、WINSの裏を歩いて、阪急バスターミナルに出、再び茶屋町に帰ってきます。30分は歩きますかね。

年末夜警


詰所に戻ったらお茶を飲んで、少し休憩して、またもう一回。
あいだに、曽根崎警察署や大阪北区役所、消防署、防犯協会などの方々が、陣中見舞いに訪れます。年末の夜のこんな時間に、陣中見舞いであちこちをまわってらっしゃるという現実目の当たりにすると、やっぱ、頭が下がりますね。もう、役所が御用納めしたあとですからね。

年末夜警


どちらさんも年末の夜警をやってはりますが、梅田にはちょっとした特有の事情があります。
企業さんの参加が多いので、皆さん、ご自宅は全然べつの場所にある。自宅が滋賀県の大津って人もいらっしゃれば、奈良から通っておられる方もたくさんいる。夜まわりを終えて歩いて5分で自宅、とはいかないのが、梅田の事情ですね。
まだ絡まれた経験はないけれども、若い酔っぱらいの集団が多いのも、梅田の特徴。
夜警というと、静かな夜のまちに、「火の用〜心」の掛け声が響きわたるイメージだけれども、梅田はそうじゃなくて、喧噪のなかを、喧噪に負けないようにデッカイ声を掛けながら歩きます。
梅田的問題というと、北区中の詰所を順番に激励してまわってはる陣中見舞いのエラいさんが、梅田に来るのがいつも一番最後だということ。
なぜって、梅田で解散したら、皆さん、三々五々、帰りやすいから(笑)陣中見舞いに来てくれはる方々をお迎えするのにさすがに赤い顔をするわけにはいかないんで、寒いなか、ガソリンを身体内に入れることができずに、ガマンの時間が長い、という問題も、梅田独自の問題としてあるわけです(笑)
また、この時期は、交番に当直のお巡りさんに差し入れを持っていったりもします。

何度も書いているけれども、都会のど真ん中ですら、こういった地域のネットワークがあって、なかなか日は当たらないけれども、こういう地道な取り組みがあってこそのまちづくりだと、僕は思います。

警察のお話によると、曽根崎署管内では、今年、4人の交通死亡事故があって、昨年が2人だったので、200%増しということになってしまいました。
ひったくり件数は、大阪府警と千葉県警がワーストワンを争っていて、今のペースで行くと、何年かぶりにワーストワンを千葉県警にもらってもらえそうだということで、躍起になってはります。
ちなみに警察署の知名度調査だと、曽根崎署は新宿署と並んで、全国一の知名度を誇っているそうです。や、誇りになるようなことではないけれども、まあ、それだけ事件が多くて、忙しいということですね。府警内の南署がもし道頓堀署って名称なら全国区の知名度になってたかもしれないって話なので、まあ、そういうことも影響しているのかもしれないけれども。
府警管内では管轄面積が一番狭いのが曽根崎署だけど、毎日の流出入する人口がメチャクチャ多いからな、それだけいろいろあるということです。

現在工事中の北ヤードは、基礎工事が行なわれている真っ最中だけれども、かつては墓地があったところなので、お祓いを繰り返しながらの工事となっているようです。墓地の移転はおおむかしにキチンと行なわれているので、今のところ墓石が掘り起こされたことはなく、その点はホッとしているんだとか。工事は順調に進んでいて、来年の今ごろには、ビルが30階以上は建ちのぼっていってる予定だとか。

なんてことをね、普段お会いしない人たちとも一緒に夜警にまわるので、情報交換したり、バカ話をしたりしながら、夜を過ごします。

僕は、どっちかというと、そういう触れ合いがあるから参加している側面のほうが大きいかな。
飛び入り大歓迎なので、参加してみたい人は、ゼヒ☆




梅田東年末夜警
詰所:大阪市北区茶屋町1-40(旧大阪市立梅田東小学校)
12/28〜12/30 実施



チャスカ茶屋町にMARUZEN&ジュンク堂 梅田店がオープンしたので早速行ってきた!
 

12月22日、チャスカ茶屋町のジュンク堂、もとい、「MARUZEN&ジュンク堂 梅田店」がオープンしたんで行ってきました。誰にも会わなかったけれども、twitterのTL見ると、すれ違ってるし入れ違ってるし、この近辺のまち歩きブロガーさんの即席サミットが開催できるんじゃなかろうか?ってなぐらい、皆さん行かれてたようですね。たしかに、来客も多かった。

MARUZEN&ジュンク堂


チャスカ茶屋町の地下1階から地上7階まで、店舗スペースぶっこ抜きなんで、これ、日本最大級の売り場面積やそうです。6800平方メートル!東京の池袋店をわずかに抜いたんだとか。在庫200万冊ですと。2,000,000冊☆
ジュンク堂は堂島にもでっかいのがあるから、これで梅田の東西の両端にでっかい旗艦店を置いて、中心部にはヒルトンホテル店、他店に目を向けると紀伊国屋書店、ブックファースト、旭屋書店…、徒歩10分圏内に大型店がこんだけあるって、僕みたいな本好きにはたまらん展開ですが、パイの食い合いになること必至じゃないですか!かっぱ横町なんて、どーなるんだろうか?

店内は、こんなかんじです。

B1F コミック
1F 雑誌、新刊・話題書
2F 文庫、文芸、新書、文具(神戸のナガサワ文具)
3F 地図・旅行、実用
4F PC、社会
5F 芸術、人文
6F 洋書、医学、理工
7F 学習参考書、語学、児童書

MARUZEN&ジュンク堂

MARUZEN&ジュンク堂


各種出版社から届けられた花がズラリ☆

MARUZEN&ジュンク堂


基本的な配置や見せかたは、従来のジュンク堂の店舗と大差なく、おなじみの風景ですね。
フロア別にジャンル分けしてあるんで目的の場所には行きやすいんだけれども、ジャンルを横断して行ったり来たりするのにエスカレーターで移動しなければならず、この旭屋書店方式は、個人的には好きではないです。
紀伊国屋になじんできたせいもあって、やっぱ、どでかいワンフロアに全部置いてある、ってスタイルが、個人的には好き。ここは好みでしょうね。

以下、店内をウロウロしてみて、気づいた点を。

・文庫の在庫点数、スペースとも、並み。そんな広くないし、他店にないものはここにもない印象。
・バックナンバーを揃えている雑誌がメチャクチャ多い。これ、かなり嬉しい。
・2階に高級文具のお店、神戸のナガサワ文具が入ってる。大阪初出店。
・地下1階はすべてコミック。あと、ライトノベルが少々。紀伊国屋梅田店もリニューアルを機にコミックを扱うようになったけど、ここで戦争勃発?
・洋書、児童書の在庫点数がハンパない。洋書が充実しまくってるのは、やっぱMARUZENのおかげか。
・日本最大級の店舗面積だとのことだけど、それぞれのフロアは、だだっぴろい印象はない。ちなみに、「最大」と謳わずに「最大級」と謳うときは大人の事情がある!というのは、広告業界の常識です(笑)
・営業時間は紀伊国屋梅田店とまったくおなじ。10:00-22:00。
・施設設計者の安藤忠雄の本が、入口付近にどどーんと置かれている。前日のプレオープンのときに氏が来店していたので、そんときだけなのかと思っていたら、そうではない、と。
・数点買う人用にカートが置かれている。
・各階のテラスが非常階段になっている。
・カフェスペース、イベントスペースは、なぜかない。イスはもちろん、ある。(店舗外の10Fにカフェが入ってるとか入ってないとか…)
・2階の文芸書と文庫がそれぞれ両端に置かれていて、ここが離れているのはちょっとイヤ。



MARUZEN&ジュンク堂

MARUZEN&ジュンク堂


チャリでグルグルしている身としては、紀伊国屋梅田店よりも行きやすいけど、各階を上下しなければならないのは使い勝手が悪い…、個人的には帯に短しタスキに長し、なんですが、しばらくは通ってみるかな。

オープン仕立ての今だけかもしれないけれども、茶屋町の人の流れがエラいことになってます。

MARUZEN&ジュンク堂


そして、新御堂筋側の歩道は、すでにチャリ置き場と化してます。ここ、駐輪禁止だってば(笑)

MARUZEN&ジュンク堂


地下鉄の広告がすごくてね。ジュンク堂って、こんなテイストの広告出すところだったっけ?
ま、僕好みの広告ではありますが(笑)

MARUZEN&ジュンク堂





MARUZEN&ジュンク堂 梅田店
大阪市北区茶屋町7-20 チャスカ茶屋町 B1F-7F
tel. 06-6292-7383
10:00-22:00
無休
HP http://www.junkudo.co.jp/tenpo/shop-MJumeda.html
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北消防署の裏手にあるヘンテコリンな建物は…
先月だったかな、twitterで歌手の加藤登紀子はんが、梅田芸術劇場の楽屋口から外に出たら、ヘンテコリンな建物があった!ってつぶやいてはって、それは北消防署の訓練施設ですがな、と返信したのでした。

梅田芸術劇場の北側には北消防署がありまして、まあ、裏にまわらないと見えないんだけれども、訓練施設のために建てられた塔というか鉄骨というな、なんちゅーか、不思議な建物があります。

これですわ。

大阪市北消防署


向きを変えると、インターナショナル阪急とツーショットになります。なんか…、とんでもなく異様です(笑)

大阪市北消防署


アップで撮ってみると、こんなかんじです。

大阪市北消防署


紐がぶら下がっていたり、階段横の柵にベニヤがはめられていたり…、見てくれはヘンテコリンなんだけれども、内部はきっと、忍者屋敷みたいになってるんではなかろうか?

もちろん観光資源ではないので、知っている人は地の人くらいでしょうが、これだけヘンテコリンな建物もないだろうから、ぜひ、保存にも力を入れてほしい(笑)
知り合いを辿っていけばわりと容易に関係者に辿り着くんですが、さすがに、内部を見学させてください!と申し出る勇気はありませんです(笑)

でも、見たい!


ちなみに、あたりまえだけれども、消防署の表玄関からは、一切見えません。

大阪市北消防署



さてさて、北消防署といえば、北の大火です。
今から約100年前の明治42年、天満から北区全域に被害を及ぼした「北の大火」と後年呼ばれることになる大火事があったのでした。

それについては、過去にエントリーしました。

「101年前、北区に超ど級の大火事があったのでした」


罹災面積は約37万坪。
東西1,850間。幅員の広いところで300間。
罹災町数51町。
焼失戸数11,365戸。
官公舎11、学校8、神社4、寺院16、銀行4、会社10、劇場2、病院1、料亭1、橋梁21。

超ど級の火事で、明治天皇がお見舞金を出したほどです。

で、この火事がきっかけとなって、北消防署が開庁します。
世論が沸き上がっての開庁ですから、トップダウンではなくボトムアップでできた数少ない部署です。

局是が奮っていて、
「明・強・敏」
となっています。

「明」は、人に接するにあたっても常に明るく、親しみを忘れず、「モノのわかった消防」に終始する、と。
「強」は、人であるかぎり未完成でない者はおらず、その完成への努力こそ強である、と。
「敏」は、消防の出動は寸刻を争う、と。

「敏」はわかります。
でも、「明」「強」の局是って、すごいですね。行政体で、このように掲げたところって、きいたことがありません。
自分たちの未熟さを認めるところからはじめる。
あたりまえのことかもしれないけれども、そういうふうに掲げることが、どれほど勇気の要ることか。
だからこそ、「明」の、モノのわかった消防、に繋がっていくんだと思います。


消防士って、やっぱ、かっこいいな、おいっ!






大阪市北消防署
大阪市北区茶屋町19-41
tel. 06-6372-0119

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敬老の日のイベントを開催しました☆
「祝☆敬老の日おめでとうございます」イベント

「祝☆敬老の日おめでとうございます」イベント 

先週の金曜、9月17日、芝田1丁目、2丁目、茶屋町、鶴野町(梅田東地区)のお年寄りを集めて、敬老の日を祝うイベントを開催しました。

僕も、広報と総務全般にかかわりました。

敬老のイベントというのは、日本全国の多くの場所で、地域の人たちが中心になってやるんだけれども、梅田東地区は、これまでイベントを行ってこなかったのでした。
その要因はいろいろあるのだけれども、一番大きいのは、住民が少ない、ゆえに、オジィやオバァも少ない、ってことです。

でも、そうは言っても、いないわけではないんで、お祝い金をわたすだけってのも味気ないし、なにかやろうよ!って気運が高まってきたもあって、今回、やることになったのでした。

なんでイベントというかお祝い会をやるのかというと、オジィやオバァに一番不足しているのは、外に出る機会と、いろんな人と顔をあわせて笑うことだと思うからですね。
テレビは、オジィやオバァに向けて番組をつくっていないし、ましてや、オジィやオバァ向けの笑いなんて、ほとんど提供してない。これでは元気は出ません。

というわけで、イベントを打つことになったんだけど、なんせスタッフが少なーい。3人ですからね(笑)
いやー、おかげさんで、てんやわんやだったな。

でもね、いろいろやりましたよ☆
区長に市議、府議も招いて、お祝いの言葉を話してもいただきました。

2時間を前半と後半に分けての2部制にして、
最初は、手品と玉すだれ。これは、イベントに参加してくださったオジィやオバァと同年代の方にお願いしたので、世代間ギャップがなくて、すんなりと受け入れられました。
無難なところで会場をあっためる作戦、的中☆

このあと、お弁当を出して、お弁当食べてもらいながら、救急ペットボトルの話をして、曽根崎警察署から交通安全の話をしてもらったりしたのでした。
救急ペットボトルについては、後日、このブログで詳しく書いたものをエントリーします。

ほいでです。続いて第2部☆
第2部は、民謡コンサート。
他の地域の敬老イベントをリサーチしたところ、お孫さんが集まっての合唱とかあるみたいなんですが、梅田東の場合は、お年寄りも少なければ、必然的にお孫さんの数も少ないので、そーゆーのは無理なのです。
そのかわり、都市のど真ん中であるという地域性を生かして、さまざまなツテを使って、プロのパフォーマーを呼ぶことができます。
なので、今回、僕たちが打ち出したのが、プロの歌手による民謡コンサート。

「祝☆敬老の日おめでとうございます」イベント


いやいやいや、これ、よかったです。
津軽三味線の久保比呂誌+太鼓の夕田敏博+歌の博之丞。
僕は世界中のありとあらゆる民族音楽を聴きかじってますが、彼らのライブも、何度か目にしています。
民謡だけじゃなくて、音頭もやれば、演歌もやる。別働隊になるとラグタイムやらハワイイアンやらもやる。
今年は民謡のCDも出した。
マスメディアに登場する人たちではないから知名度があるわけではないけれども、プロ中のプロ、本物のモノホンです。
これはもう、地域性を生かしたからこそできた企画だと、僕は思ってます。

津軽三味線と太鼓の緊張感溢れる素晴らしいセッションからはじまったんだけれども、オジィもオバァも、息を殺して聞き入ってました。
んで、どっかで導火線に火がついたみたいに拍手が沸き起こって、そっから先は、敬老イベントとは思えんような盛り上がりかたでしたなっ!
最後、アンコールの大合唱が沸き起こる始末で(笑)
敬老イベントでアンコールって…。。。おいっ!

なんかね、段取りはグダグダだったけれども、出演者サンたちの素晴らしいパフォーマンスのおかげで、いい反応をたくさんもらいました。やってよかったな。

そして今回、老人ホームの喜久寿苑からも、車イスに乗ったオジィやオバァたちが3人、来てくださいました。こちらは地域との交流がそれほどなかったところなんですが、声をかけさせてもらったら、ぜひ参加させてください!と快諾いただいて、出席していただきました。

補聴器越しにじっと聞き入っている姿が印象的で、楽しんでおられるのがちゃんと伝わってきて、とってもよかった! もうね、じーっと聞き入ってらっしゃるから、死ぬんじゃないかと(笑)

なんにせよ、全国のいたるところで行われているであろう敬老イベントを、僕たちもやることができました。

終わってから、出演者さんたちと少し談笑していたんだけれども、やっぱ、老人ホームや養老院からの引き合いは多いそうです。でも、仕方がないんだけれども、ボランティアで来てほしい!って話ばっかりで、場合によっては、団体はお金を出せないけれども、個人の方が代わりにお金を出したり、ってケースで、とにかく、予算の裏付けの話が多いようです。

それは僕らもわかってたから、予算をちゃんとつけて、ちゃんとギャラを払えるものとしてイベントを企画しました。あちこちでねぎって、いろんなツテを使って支出を抑えまくって、支払わなければならないところには支払って…、そこはちゃんと考えてやった。
そこをないがしろにすると、来年以降、続いていかないからね。


翌日、参加されたオバァと道でバッタリ会ったんだが、よかったよ〜!って、もっかい言ってもらえて、ほんまにね、やってよかったですわ。
で、来年も期待してるよ、と。。
来年、今年以上のことをやらないと満足してもらえないのが目に見えてるだけに、ハードル高いっす(笑)






「祝☆敬老の日おめでとうございます」イベント
9月17日 11:00-13:00
旧梅田東小学校体育館
大阪市北区茶屋町1-40
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梅田の紀伊国屋書店梅田本店がリニューアルしたその日に、ジュンク堂が巨大店舗を「チャスカ茶屋町」に年末に出店すると発表☆
 紀伊国屋書店梅田本店


梅田の紀伊國屋書店、大リニューアル敢行中で、ここんところずーっと、片側の入口だけを使っての営業でした。

僕は、紀伊國屋書店梅田本店のヘビーユーザーで、ほぼ毎日行っていて、それこそ、どこにどんなジャンルの棚があるというのは、ほぼすべて頭に入っている、という塩梅です。

それがリニューアルとなると、レイアウトが全面変更になるのだから、僕的には大変です。。。
まあ、でも、より便利で使いやすい本屋さんになるのなら、それはそれで大歓迎。
僕が、ここの紀伊國屋書店を贔屓にしているのは、ワンフロアになってるところです。わりといろんなジャンルを横断するのが好きなので、上に行ったり下に行ったりするのは、どーもうっとおしい。曽根崎の旭屋書店に行かないのは、モロにそれが理由ですわ。

ほいで、紀伊國屋書店の梅田本店、営業しながらのリニューアル敢行中で半分ずつ営業していたのが、今週頭からは大詰めを迎えて全館閉鎖。
9月16日(木)、ついにリニューアルが完成してオープンしましたです。
行ってみると、案の定、レイアウトは全面変更になっていて、一からレイアウトを頭に叩き込んでいかねばなりません。でも、ざっと見渡してみたところ、おおまかなジャンル分け、というか、このジャンルの横にはこのジャンルを、といった関連付けは、これまでと大きくは変わってないみたい。
まだ詳しくチェックしていないんで、どこがどう変わったとか、どこが使いやすくなったかといったことにまでは言及できないけれども、通路が少し広くなったのかな。



さて、そんなかんじで紀伊國屋書店の梅田本店がリニューアルなったその日にですな、なんと!今年の年末に茶屋町の新しい商業施設「チャスカ茶屋町」にジュンク堂が出店するというではありませんか!それも地下1階〜地上7階までを占拠する延床面積2,060坪という巨大店舗!

ここに入ります。

チャスカ茶屋町


現在、堂島にあるジュンク堂は、僕の活動範囲からはちょい外れるのでそんなに使うことはなかったんだけれども、茶屋町ならメチャクチャ便利です。フロアがわかれているのは好きではないけれども、こればっかりは使ってみないと結論が出ないところでもあります。

しっかし、この規模だと、1棟貸しとおんなじではないですか。たしか、有機食品メインのスーパーが入るという話があったはずだが、どこ行ったんでしょうか?
これで、間違いなく、梅田は大型本屋戦争が勃発しますな。かつて、ミナミのアメリカ村で展開された外資大型CDショップの熾烈な戦いとおんなじ様相が、ここに出現する可能性すらあります。
隣のロフトにはビレバンがあるし、梅田にはリニューアルした紀伊國屋書店…、かっぱ横町の古本屋さん街はよほど気合いを入れないと、没落の一途を辿るかもしれません。

北ヤードの先行開発やJR大阪駅北ビルなど、阪急電車の線路を挟んで西側の再開発が完成したとき、東側の茶屋町一帯には厳しい状況が生まれるんじゃないかって危惧が囁かれてもきたんですが、ロフト+ジュンク堂で、こっちは文化の香りのするまちとして棲み分けができるかもしれません。




そうそう、リニューアルした紀伊國屋書店で早速本を買ったら、本屋さんのカバーに、内田樹センセの直筆サインが入ってました。本屋さんのカバーに直筆サインが入ってるって、プロモーションとしては新しいですね。
もっとも、買った本は、内田センセの本じゃないけれども(笑)

紀伊国屋書店梅田本店





ゴリモンさんも、この件についてエントリーしてはります。
ゴリモンな日々「紀伊國屋書店 大改装 / 茶屋町にはジュンク堂」


中崎町流行通信でも☆
「チャスカ茶屋町の地下1階から地上7階までジュンク堂書店が出店」







紀伊国屋書店梅田本店
大阪市北区芝田1-1-3
tel. 06-6372-5821
10:00-22:00
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チャスカ茶屋町
大阪市北区茶屋町7-20
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